小説書いったー

2022年5月28日に作成 #趣味
420文字以内の小説を書きたい読みたい人向け
・一次創作のみでお願いいたします。
・ジャンルは冒頭か返信部分に書くとわかりやすいですがなくても問題ありません。

※現在、改行を使った420文字小説の場合、文字数オーバーでエラーが出るようです。
お手数をおかけしますが、文字数だけではなく改行も1文字とカウントして420文字以内になるよう調整して頂けると助かります。
このTterはアーカイブのみ閲覧できます
  • 笑顔の人

    早朝、玄関窓口にいる
    いつもニコニコ優しい目つき
    挨拶すると、ニコッとお辞儀
    年齢はかなり上そうだが
    歳を感じない、品格の高さ
    癒やし系
    オーラっていうんだろうな

    中途入社の風当たりは強い
    半年の試験採用期間
    何が人を大切に
    一緒に頑張る会社だ
    口先だけの同僚
    上司にウンザリしてた 

    笑顔の君がきてから
    挨拶が楽しみで、出勤が楽になった
    退勤時刻、どんなに遅い時も
    笑顔でペコリ
    帰宅、俺たちより遅いはずだ
    新人だろうが高齢な人
    辛いこともあるだろうに
    頑張り屋さん
    密かなファンはいるだろうな

    感謝を伝えたくて
    思い切って、話しかけた
    いつも笑顔をありがとう
    あなたを見てから
    イジケた自分を反省しました
    人は年齢じゃない
    毎日のふるまいが大切ですよね

    試用期間が終わり
    お昼明け、初めて本社ビルへ。
    秘書に連れられて
    挨拶に入った部屋
    「入社おめでとう、
     私の仕事は社員を守ること
     一緒に頑張りましょう」
    笑顔のあの人が。
    この日、俺は会社方針を至極納得した。
  • 一つの感情が別の感情や衝動に姿を変えることは決して稀ではない。
    例えば誰かを好きすぎるあまり、その「好き」が「嫉妬」や「憎しみ」を引き連れ惨劇を産むこともある。
    とにもかくにも、感情とは決して侮れぬ恐ろしい物であり、時にそれは過剰に人を害すこともあるのだ。
    人の倫理的思考を妨害し、冷静さを奪い、人を傷つける際の免罪符として扱われるそれに、一人の男は深い"恐怖"を覚えた。
    「人類はみな種の存続のため、そしてあらゆる争いを無くすために、感情そのものを捨て去るべきである」
    天才的な知能を持つその男は、「感情を消却する装置」なるものを開発し、上記の説を唱えた。
    しかし、この説に多くの人間が反発し、怒りという感情をつなぎに大きなまとまりとなった人類によって、彼は殺されてしまった。
    彼の失敗は明らかだ。
    人類を、"感情"を団結させてはいけなかった。
    その知能を持って、別の策を講じるべきであった。
    彼の中に巣食う"恐怖"は見事、彼の冷静さを奪ったのである。
  • 遠い夏、日焼けした肌に真っ白なワンピースの女の子に連れられ、村外れの神社に行った。二人とも麦わら帽子をかぶっていた。神社では三尾のキツネが三匹まつられていて、その子が勝手に「コン助」だの「コン吉」だの名前をつけて、それを笑い合ったものだった。
    ……そんなことを思いながら夕方の散歩をしていると、電信柱のかげから、一匹のキツネが飛び出してきて言う。
    「さっきのお前の回想だが、わしの名前が出ていないではないか。わしも忘れたので、早く思い出せ」。
    え、そんなの覚えていない。……「えーと、コン太郎です」と苦し紛れに答える。
    「そうか、そうか、コン太郎だったわ」と言うと、キツネは満足そうな顔で去っていった。そのとき見たが、たしかに尻尾は三つに分かれていた。
  • ■━━━━━━━━━━━━━━■
       ご入居者様へのお願い
    ■━━━━━━━━━━━━━━■
     平素より当マンションの運営に
     ご理解、ご協力いただき、まこ
     とにありがとうございます。早
     速ですが、ご入居者の皆様がご
     存知の通りヨシダユウジが徘徊
     しております。ユウジに遭遇し
     た場合、必ずお辞儀をし、頭を
     右に向けてください。また、深
     夜1〜3時の間にユウジに遭遇し
     た場合は残念ですが当社では一
     切対応できません。改めて、ご
     理解とご協力をよろしくお願い
     いたします。
  • 「こんなアイス初めて食べたよ」
    少女の表情をした君は何の変哲もないようなぱちぱちとした感触のアイスを頬張った。小さな幸せを丁寧に掬い上げるようなそんな君を見て、微笑ましく思いながら口端を拭う。
    彼女の余命は後1時間しかない。純粋であどけない君は重大な病気を患っているのだ。
    「今年の夏は海いけるといいね!」
    そんな日は来ない。
    「眠くなってきちゃったなあ……そういや貴方の名前はなんだっけ」
    君が付けたんだよ、忘れちゃったんだろうけど。
    僕はもう君の世話や相手をするのに疲れてしまった。だから僕が君の命を奪って全て終わらせるね。そう懺悔して僕は眠っている母に、少女の頃の幸せな記憶だけを抱いた母に手をかけた。
  • 「ため息をつくと幸せが逃げる」
    暖かな風呂につかりながらため息をついた時、ふと頭をよぎった言葉。
    逃げるような幸せがあるなら、ため息などつくものか。
    ひねくれた思考でその言葉をおしのけ、俯いた顔を上げると、目の前に泡があった。
    ちょうど口ほどの大きさの、中にふわふわとした柔らかいものが浮かぶ泡。
    ―逃げた?
    どんどんと薄れゆくそれを咄嗟に飲み込む。
    たった今起きたことが信じられないまま呆然とした。
    試しにもう一度ため息をつく。
    なんの感覚も無いまま、でも確かに口から泡が飛び出した。
    また飲み込む。
    そして次は自分の人生を振り返る。
    これまで幾つため息をついてきた?
    一体幾つの幸せがこの口から逃げ出した?
    自ら追い出した幸せの重みが今更のしかかったように感じて、温めた体は底から冷え切った。
    「ため息をつくと幸せが逃げる」
    偉大なる先人の言葉は、無視するべきではなかったのだ。
  • 「最近おかしいんだよね」
    友人は私にこう言った。彼は私が大学に入ってからできた貴重な友人の1人だ。今日も彼と馴染みのイタリアンレストランに飲みに行った時、彼はワインを揺らしながら静かに言った。
    「おかしいってなにが?」
    私は単純な疑問を彼に投げかける。私が見る限り彼のおかしいところはないと思ったからだ。
    「うーん…なんかねぇ今まで大好物だったペペロンチーノが食べれなくなったり、十字架を直視できなくなったりするんだよね…あと人を見ると凄く喉が乾くんだ…なんでだろ?」
    私はそれを聞いた時、頭によぎったのは【吸血鬼】という単語だった。しかしそれはあり得ない、吸血鬼というのは小説の中だけの話であって現実にいるわけがない。私はそう決定づけた。
    今思うと友人の彼が吸血鬼になってしまったと思いたくなくて無理やり有り得ないと決めつけたに過ぎなかったのかもしれない。

    その夜薄れる意識の中、路地裏で血まみれの彼を見た。
  • 「満月でない夜、月を見るな」
    旅先で聞いた不思議な話。
    その地域には月を眺めると寿命が縮むという言い伝えがあるらしい。

    夜、私は海沿いを散歩に出かけた。
    空には半月が白く浮かんでいる。静かな夜の海辺から見上げる月はよく澄んで見えた。
    綺麗だ──。
    暫くぼうっと眺めて、ふと視線を落とす。
    するとそこに男が立っていた。

    先刻まで居なかったのに。
    遠目に見ても分かるほど美しい顔立ちをしている。月のように色が白く、人形のように生気がない。
    男はこちらを向いて微笑み、ゆっくりと手招きをした。

    ゾッとした。
    呑まれそうな気配を本能で感じ走って逃げた。

    宿で仲居さんに話すと、妖怪ですかねぇと笑った。
    月を眺めていると美男子の妖怪が現れ、手招きに応じると寿命が縮む……という伝説があるそうだ。
    件の不思議な話の元ネタだ。

    仲居さんは見間違いか誰かの悪戯だと笑うが、私は確かに只ならぬ妖気を感じたのだ。
    旅先の非日常感と月夜がそう錯覚させたのか?

    不安を抱えたまま私は寝床についた。
  • 「君の書く物語は…なんというか、こう…ああ、あれだよ、胸に響かない!胸をぐっと打たれるような、痺れる物語こそ、人は欲するものなんだよ」
    人が精魂込めて文章を書き連ねた原稿の束を、男は雑にもバサバサと振り回しながらそう宣った。
    自分からすれば宝のようなそれを、話の合間合間に上下に揺すられる度、原稿からボロボロと言葉が落っこちていくような心地になって、そちらばかりに目が行ってしかたがない。
    胸を打つだの痺れるだのと抽象的なことばかりをぺらぺらと発する口に、その辺で売ってる国語辞典でも突っ込んでやりたいような気分になる。
    徹夜明けで揺れる視界を定めようと努めたその時、視界の端に文字が映った。
    塵のように散らばった文字は正しく自分の原稿から零れ落ちたものだ。
    気の所為ではなく、実際に落ちていたのだ。
    大事な言葉達が埃のように振り落とされていく姿を前に、冷静さを欠いた。
    近くにあったペンを手に取り、男の胸を目掛けて振り下ろす。
    …ほら、打ちましたよ、胸。
  • 諦めない心とは偉大である。
    目前に立ちはだかる大きな課題や強大な敵を前にしても、決して折れない強靭な精神。
    どんなに難しいことでも挑戦し、諦めるという言葉を知らないかのような振る舞いは「立派」という他ない。
    自身も、幾度そのような高い志と精神を持つ人々の言動に背を押されたか分からない。
    けれど、やはり無理というものは存在する。
    精神論や根性論だけでは絶対に越えられない、物理的障壁というものが。
    地面に目を落とした。
    陽光に照らされたカマキリが、我の勇姿を見よと言わんばかりに背筋を伸ばして自慢の鎌を構えている。
    そんなカマキリの目の前に立ちはだかるは、高速で動く鉄の塊。
    簡単に言えば車である。
    …いや、無理だろう。
    さすがのスイミーだって何も言わず岩陰に隠れるレベルだろう。
    というかそっちの方が賢明じゃないか。
    どんどんと近づく車を前に、私はその横を素通りした。
    虫は苦手だ。
    脆弱な精神しか持たない私は、ただカマキリの無事を願うばかりだった。
  • ──あの街では必ず子どもが攫われる
    ──だから子どもたちは決して外に出してはいけないよ

    あの時の少年は大人になり、そしてあのときは入れなかった丘の上の洞窟に足を伸ばす。

    まるで少年だけを待っていたかのように洞窟も踏み荒らされた形跡も人の手が加えられた形跡もなくなく、ただぽっかり口を開けて少年を待っていた。

    「ただいま、あのときの約束を果たしに来たよ」

    洞窟の奥にある、夏になっても氷が溶けないあの場所へ足を動かす。そこには少女が眠っていた。 
    しかしその姿はもはや人間の形は保っておらず骨だけとなって…

    ──おかえり

    それが骨継(ほねつぎ)と呼ばれた少年と少女の第二の出会い(さいかい)だった。
  • 思えば色々あった。
    やりたいことほど上手くいかないとか、周りがすごい人ばかりで気後れするとか、周りと自分を比べては自分が惨めに思えてくるとか。
    いわゆる陰口なんてのも叩かれて、何度も砕けた心を歪ながらに修復しては、首の皮一枚ちまちまと繋いでしぶとく生き残る人生だった。
    自己肯定感も能力も充分に持ち合わせていない割に、無駄にプライドだけは人一倍で、高すぎる理想に追いつけない自分を更に嫌う悪循環。
    脆弱なメンタルと無才覚というあまりに無謀すぎる組み合わせを得て生まれてきた自覚がありながら、それでもなんとかやってきたけれど。
    人には限界があるものだ。
    心の器に溜まった「無理」がついに縁を超え、器ごと崩壊してしまう日が。
    今日がそうだった。
    何をどうやってもとけやしない数式と闘い、半泣きでテキストをめくっていたその時。
    「シュッ」という音と共に走った小さな痛み。
    指に滲む血。
    最後の小さな「無理」が器に零れ落ち、全てが崩壊する音が脳内を満たした。
    …あ、無理。
  • 雷が走るだの、矢で射抜くだのと、恋に落ちた瞬間の痛そうな描写は意外と多岐にわたる。
    だから恋は嫌だった。
    どうにも痛そうで面倒くさそうで、他の誰かのせいでそんな思いをするなんて冗談じゃないから。
    でも回避できなかった。
    あの人に出会ってしまった。
    雷?矢?冗談じゃない。
    鋭いナイフの切っ先で、容赦なく心臓をぶっ刺されたような痛みと衝撃だった。
    身体中沸騰したみたいに熱くて、全身に張り巡らせた血管全てが焼き切れてしまいそう。
    考えるだけで心臓がバクバクと暴れ回って痛くてたまらない。
    だから恋は嫌だったのよ。
    あなたに出会ったせいで、私の体はずっと痛いままじゃないの!
  • 『一つの我儘』

    君が事故で運ばれたと聞いたとき、血の気が引く音さえ聞こえた。
    夜の沈黙を刺すように、ただただ走った。

    君は一命をとりとめたが、意識が戻ったとき全てを忘れていた。自分の名前も、あのきらびやかな思い出も、僕も。
    君の太陽みたいだった笑顔がまたいつ見れるかわからないと医者から聞いたとき、靉靆の渦に巻き込まれ窒息しそうだった。

    それから僕は毎日君の病室に通った。いや、通うしかなかった。他にすることがないんだ。
    希望が見えない絶望の中で生きていくのは、楽しかったし辛かったなぁ。

    でも、それも今日で終わりだよ。
    君は言ったよね。「貴方のことはわからないけど、一緒にいると幸せ」って。
    だから一緒にいよう。今も、これからも。
    君をこの世で一番愛している。


    お互いの温もりを感じながら、僕達は飛び降りた。
  • 「滅び方を教えて(仮)」

    目覚めると、暗い穴倉のような場所で寝転んでいた。
    目覚めるまでの記憶は無く、ただ一々不快な事を言う女の声が響く夢が夢とは思えなかったので目覚めた。

    「人と自称する者よ、自らの正体を改めて知る為に目覚めなさい」

    訳が分からず、ムカついてそいつが実際に居るか確かめようとしたが、やはり夢なのか辺りを見回してもそいつらしき者は居ない。

    壁掛けの松明が部屋の入り口に立て掛けられ、その周辺が照らされていたから気付けたようなもので、暗い穴倉と言うよりは何処かの洞窟の一部のようだ。

    「要するに、自らイケ…って事か?生憎、そんな願望とか勇気…否、自棄や無謀は持ち合わせてないんだが」

    溜息を吐きつつ、この場所から抜け出す為に立ち上がり、松明を手に部屋を後にした。

    それが、俺にとって俺が滅びるまでの永遠の呪縛の始まり─【孤立と裏切りの末に討伐された、元哀れな人間だった魔王の復活と滅び】の、最初の一手になるとも知らずに…。
  • 街中で膝をついて熱心に祈っている人がいた。道ゆく人すべてが奇異なものを見る目で見ている。いたたまれない光景だったので、「そんなに心配することはないですよ」と声をかけた。すると、「おお、わが神さま、来てくださったのですね」と言う。「とんでもない、私は神さまなんかじゃありませんよ」と言ったが、聞き入れてくれない。結局、祈り人は私のアパートまで着いてきて、ずいずいと中に入ると、「神さま、わたくしは空腹であります」などと祈る。コンビニ弁当を半分分けてやると、今度は布団で勝手に寝てしまった。こいつはどうやったらいなくなるのだろう。私は神さまに祈った。
  • 彼はべろべろに酔っ払っていた。
    普段は鬼軍曹などと呼ばれている彼にだって酔いたい夜はあるのだ。

    今日は嫌な日だった。
    お気に入りの愛馬を磨いていたら、軍の娯楽として呼ばれたコメディアンとやらが挨拶に来たのだが、気配が完全に暗殺者のそれだったので始末して埋めておいた。仕方がないとはいえ、いつだって人殺しは決していい気分ではない。

    ふらふらと宿舎入り口の階段に寄りかかる。
    あぁ、明るいいい月だ。幾人かが「ちゃんと布団で寝ろ」だの「大丈夫?」などと声をかけて部屋に戻っていく。返事をしたが呂律がまわらず笑われた。いい奴らだ。明日は俺が菜園で育ててる大根で何か美味いものを食べさせてやろう。俺はそのまま階段に突っ伏して意識を手放した。
  • 「――君との婚約は破棄する」
    凛とした声が宣言した。
    シャンデリアの光を受けて輝く銀髪は、彼が神の御使いである証拠だ。まだ年若いながらこの国の皇太子としてその瞳は確かだった。
    「殿下……」
    「ああ……、ごめんよ。僕の君」
    大人しく頷くべきだった。なのに、震える喉は未練がましい声を出した。
    この日の為に仕立てたドレスの胸元を握る、その手を殿下の手が包んだ。
    「君は素晴らしい女性だ。例えこの国が滅びる未来があろうと僕と共に在ると誓ってくれた……」
    だからこそだよと眉を下げて、幼き頃から変わらない優しくも少し切ない笑顔を浮かべる。
    二人きりのボールルームはただ、静かだった。
    「……嫌、嫌ですわ殿下。わたくしの幸せは貴方のお傍にしかないのに酷いことを仰らないで……」
    子供のように泣き縋る。それを控えていた騎士に時間切れだと言わんばかりに離される間際、確かにその声を聴いた。
    「……ずっと、愛しているよ」

    ――国が亡びたと聞かされたのはそれからすぐの事だった
  • いいだろう、例えば月曜が消えたなら。
    次は火曜が来る。
    火曜も消すと?なら水曜だ。
    忘れちゃあいけない。木曜だって控えてる。
    木曜の次?
    笑わせるんじゃないよ、華金のご登場さ。
    土曜を消したら何が残る?
    言うまでもない、もちろん日曜だ。
    いいかい?例えば世界がぜーんぶ日日日日日日日だったとしてもね。
    どーせ日の内の7分の5が出稼ぎの日になるんだよ。
    つまりさ、何が言いたいかってね。
    夜更かししてこんなもん見てないで、さっさと寝な!ってことだよ。
    お生憎様、今週も世界は月火水木金土日が出揃ってんだ。
  • 報われない物語の美しさ。
    起から始まり、承であがって、転で転がり、結びは絶望。
    読んだ人の心に、消えぬ穴となんとも言えない悲しみを残してその物語は幕を閉じる。
    忘れられない物悲しさは半永続的に読者に記憶され、その情景は喜びや楽しさの感情よりもより簡単にリアルに浮かび上がる。
    自分にはそんな物語が書ける。
    潰えぬ虚無と、リアルな情景の中にぽつんと取り残される主人公の深い悲しみをより美しく彩る文章が。
    けれども、たとえ己の筆がどれほど美しい文を紡ごうと、それが選び手の目にかなうとは限らない。
    美文を連ねた紙はまたしても本にはならず、あくまで自らのコレクションと成り下がる。
    それでも自分はまた文を連ねる。
    自らに取り憑いた虚無が私に飽きるまで。
    私はいつか私の物語に溺れ溺死するやもしれない。
    それこそ美ではないか?
    それもまたひとつの虚無ではないか。
    私の人生を犠牲に連ねる私が主人公の物語。
    終わらぬ自己陶酔に幕を下ろすのは、取り憑いた虚無やもしれない。