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「おれはこうなると思ってた。これがいけねえんだ、こういうくだらねえ、どうでもいい小せぇことが、いつだって計画をぶちこわす!」
彼は唇をかみ、きつく帽子をにぎりしめた。
「この帽子だ。これが目立つんだ。おかしいから目立つ。おれのこのぼろ服にゃ、どうしたって、古くても学生帽でなくちゃいけねえ。こんな化けもんみたいな帽子、誰もかぶっちゃいねえ……十町先からでも目をつけられる。覚えられる。そしたらおしまいだ。あとで思い出されりゃ、それが証拠になる……」
彼は息を荒げ、口の中でつぶやき続けた。
「小せぇことが、大事なんだ。……そうだ、そういう小せぇことが、いっつも全部を壊すんだ……」 -
通りがかりに、いきなり怒鳴り声が飛んだ。
「やい、このドイツ帽!」
濁った笑い声がそれに続いた。
青年はびくりと肩をすくめ、立ちどまった。手が勝手に頭へあがり、くしゃくしゃの帽子を押さえる。指先がふるえていた。
それは、もうずいぶん昔に誰かがかぶっていたチンメルマン製の丸帽だった。けれど今は見る影もなく、色はにんじん色に焼け、汗じみと穴がいくつも食いこんでいた。つばはもげ、片側だけがくしゃっとつぶれて、まるで貧乏くさい笑いでも浮かべているように、横へ飛び出している。
だが——青年の胸を突き上げたのは、恥ずかしさではなかった。もっと別のもの。
驚き。いや、それよりも、心の奥底をなぶるような苛立ちだった。
「……やっぱりな」
声が自分でもわからないほど低く、くぐもって出た。