返信の受付は終了いたしました。
-
-
- 読み込み中...
「おれは、こうなる気がしていた。
こういう取るに足らないことが、いちばんいけないんだ。
帽子ひとつで、計画が壊れる。
おかしい話だが、世の中、案外そういうものだ」
言葉をつぶやきながら、彼は自分の影を見た。
やけに長く、細く、歪んでいた。
「この帽子は目立つ。だからおかしい。
このぼろ服に、こんな帽子じゃ、誰の目にも止まる。
十町先からでも覚えられる。
あとで思い出されたら、それが証拠になる。
……いけない。おれはもう少し、人目を避けなければ」
彼はまた笑った。
笑いながら、胸の奥で、何かがすとんと沈んでいった。
「小さなことが、大きなことを壊すんだ。いつだってそうだ。……おれの人生も、きっとそうやって終わるんだろう」 -
通りすがりに、「やい、このドイツ帽!」と、いきなり誰かがどなった。
青年は、はっとして立ちどまった。
その声があまりに唐突で、胸の奥をつままれたような気がしたのだ。
思わず、痙攣するような手つきで帽子を押さえた。
それは、チンメルマン製の丸い帽子であった。
もうとっくに色が抜け、にんじん色にくすみ、穴だらけで、つばは取れ、
片側がくしゃりとつぶれて横へ突き出ている。
みすぼらしい——けれど、彼はそれを手放せずにいた。
しかしそのとき、彼の胸を打ったのは、羞恥ではなかった。
もっと別の、少し奇妙な驚きであった。
「やっぱりな」
青年は、苦笑した。