• 「悪いことは、人から見逃してもらえたってね、神様がいつも、雲の間から見ていらっしゃるのよ」
    叱る厳しさの中に、親としての優しさと温かさを含んだ母の言葉をふと思い出した。
    森の中には懐中電灯の人工的な光によって作り出された影が濃く刻まれ、雲に覆われた空の暗さをより引き立てている。
    本来なら真っ暗な森の中、月の光さえなく突き進むことに恐怖を覚えるはずだが、今の自分にとって、この状況はむしろ安心感さえ与えた。
    密に詰め込まれた雲の間には一分の隙間さえ見えず、ほんの少しの月明かりさえ差しやしない。
    神様は何も見えていない。
    きっと見る気さえない。
    これからすることはきっと悪いことじゃないから。
    この世にコピー用紙一枚分の言葉を遺して消えるだけ。
    生きる事を辞めるだけ。
    また一歩、足を進めようとしたその時に、柔らかな光が降りた。
    月の青白い光が雲をぬけて届いたらしい。
    「いい子にしなきゃダメよ」
    母の言葉が頭に響く。
    私の悪行は、見事神に見つけられてしまったようだ。
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