「本当に、斜めっているんだ!」
私は、ピサの斜塔をみてそう言った。建築中に発生した地盤の緩みにより傾いた鐘塔は、世界的に有名な観光名所で、私のように観光目的で訪れた人達が斜塔の周りで写真を撮っている。私も一緒に写真を撮ろうかなと思って見ていると、傾斜が正しく私の現状を表しているように感じる。
「いいや、今は就職活動のことは考えないでおこう」
そう、声に出して自分自身に対して喝を入れる。せっかくの卒業旅行だ。心の奥底から楽しむべきだろう。しかし、それでも私の胸に渦巻いている不安は消えない。もしも、このままどこにも就職内定を貰えなければ、私は両親や兄に迷惑をかけることになる。
「卒業旅行までには、内定すると思っていたんだけどな。」
本音が口から洩れる。最終面接まで進んだ三社全てから、俗に言うお祈りメールが届いた。何かの間違いではないかと、微かな希望に縋っていたが意味が無かった。
スマホを握りしめたまま、私は電車の窓の外に視線を向けた。
オレンジ色の夕日が、水滴が水たまりに落ちたようにきれいに広がっていく。なぜだろう。あんなにショックだったのに、風景が綺麗すぎて涙が出そうになった。
いい方向で考えよう。そう呟いたとき、斜め前に座っていた老婦人が私の方を見て、にっこり微笑んだ。
そのまま、たどたどしい英語で話しかけてくる。
「(大丈夫? 悲しそうだけど)」
少し心配そうな老婦人に私は、
「(えっと、少しだけ。人生ってうまくいかないんだな) 」
私はそう答え、つい苦笑してしまった。
彼女はうなずいてから、カバンの中から紙袋を取り出して、私に小さな焼き菓子を差し出した。
「(どうぞ、イタリアのクッキーよ。甘いものを食べたら、少し元気になるでしょ)」
「(ありがとう)」
受け取ってはいいものの、流石に車内で食べる気はしない。やはり、私は日本に染まっている。
電車が駅に着き、降り際に彼女がふと振り返ってこう言った。
「(覚えておいてね、お嬢さん。あの斜めの塔だって、ちゃんと誇り高く立っているのよ)」
——斜めでも、誇り立ってる。
その言葉が妙に刺さった。
ホテルに戻ったら、深呼吸してからノートパソコンを開こう。もう一度だけ、履歴書を書き直してるのもいいし、ネットが繋がるようであれば、別ジャンルの会社を探してみるのもいいかもしれない。
少し肩の力を抜いて、自分の「斜め」なところも会社の「斜め」なところも含めて。
イタリアの夜風は少し冷たくて、でも不思議とあたたかかった。
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