〈未経験OK〉簡単なクエストです
それでも、受注した人間が立て札ごと引っこ抜いて依頼主の元に持ってくるのは違うだろうという確信はあった。
因みに依頼した薬草はまだない。
「おまえなあ……これぐらい自分で行けよ」
引っこ抜いた立て札を杖代わりにもたれ掛かって依頼人の目の前で愚痴をこぼしているのはモナドの友人【わらすぼ屋】である。
万年金欠病の彼のこと、依頼を見るなり一も二も無く飛びついた結果【ものぐさ魔女】であるモナドに行き着いたのだろう。
しかし、彼女と違って魔法も使えず、戦士になるには体格が足りない、いわゆるただの村人である【わらすぼ屋】にできるクエストといえば、魔物との戦闘を回避できる採集クエストくらいなもの。
彼が受注するような内容ならば、当然魔女であるモナドには外注する必要はないはずだ。
「えっとぉ……」
「おおかたいつもの『めんどくせー』ってやつだろ?一緒に行くぞ」
「どうして……」
「魔法使いがゴロゴロしてんじゃねー!働け!」
「あんたも本業は……?」
「開店休業中!」
「別の食べ物売ればいいのに……」
「オレが鳥とか猪とか蛇とかに勝てると思うのか」
「全然……」
薬草鞄は?杖は?と【わらすぼ屋】は矢継ぎ早に訊ねるが、んなもんとうにどっかやって忘れているのがモナドの常だ。
「わかんなーい」の答えすら友人には想定済みだったのだろう。
彼は持参したバックパックに傷薬と手袋、薬草を保存する空き瓶を詰めて、魔女の杖代わりにとモナドには立て札を押し付けた。
「歩いて行くの……?」
「なんかそういう魔法無いのか?」
くいくいと【わらすぼ屋】は顎で床に散らばった魔導書を示すが、モナドは首を横に振った。
「めんどくさいから……読んでない……」
「俺が代わりに魔法使い業始めるか」
そうぼやいてみるが、以前に【ものぐさ魔女】が容易く扱ってみせた『尋常ならざる騒音に等しい鳥の合唱を放つ魔法』ですら、彼の場合は何度同じ手順を踏めども、うんともすんとも鳴らなかったため、とうに魔法の道は諦めている。
尤も……発動するだけで面倒なことになるこの魔法は面倒くさがりなモナドにとっても適正は無いだろうと彼は踏んでいた。
「まあ、なんだ……大変だな、色々」
「生きるって面倒くさい……」
面倒くさがりの魔女モナドをなんとか家から連れ出すことに成功した【わらすぼ屋】は村はずれの街道をてくてく歩いて近所の森へと向かっていた。
「なんだ?今日なんかあるのか?」
いつも定刻通りに走る馬車だけでなく早馬の本数も多いし、空には飛鮫まで駆り出されている。
更には人間や荷物を輸送する目的でない魔法使いの小鳥や毒蝶まで飛び交っている。
慌ただしい雰囲気どころか、物々しさすら感じられた。
都会ならいざ知らず、モナドらの暮らすド田舎は街道を行く人間自体が珍しいというのに、今日に限ってこんな有様だ。
しかし、村の祭りは当分先だった。
近隣で催しがあるという話も聞いていない。
「あたしに訊かないで……」
「曜日の概念がないからな」
「一応あるもん……」
「毎日が日曜日」
「黒魔術使ってやる……」
「へいへい」
【わらすぼ屋】は魔術の心得こそ無いが、魔術に対する偏見も無い。そのうえモナドが古代魔術……いわゆる黒魔術などまーーーったく勉強していないことも知っている。
周囲には「なんやこいつら」と異様なものを見る目を向ける者もいたが、当の青年は魔女の脅しを平然と聞き流して街道から伸びる脇道へと逸れた。
森へ近づくにつれ、街道脇の石垣は灌木の茂みに姿を変え、踏み慣らされて草も生えていなかった足元にも草が小石が混ざり始めた。
「ぼちぼち着くぜ。さっさと草むしり済ませて帰ろう」
「なんであたしを連れてきたの……?」
「俺じゃ毒と薬の区別がつかねえだろ」
「子どもがおつかいで採る草なのに……」
彼女の指摘通り、この森の中で類似する毒草は発見されていない。
【わらすぼ屋】自身も子どもの頃はモナドと共に先代魔女のおつかいで何度も何度も訪れており、薬草が生えている場所も知っている。
試したことはないが、夜の森の中でも平気で取って帰って来れるだろう。
そんな見通しがあるため【ものぐさ魔女】も久方ぶりの外出を面倒がっているが、そこまで強い抵抗を示さなかった。
ところが、いざ、薬草の群生地へ到達してみると、そこには何もなかった。
「……なんだこれ。放火事件か?」
【わらすぼ屋】が呟く。
薬草も無ければ毒草もない、青年では名前も知らない雑草もない。
薬草の群生地は、今や言葉通り『何もない』焼野原と化していた。
「ただの放火なら……ケイが知ってる……」
「魔法的事件なら、おまえのところに話が来る」
今この場にいない友人『ケイ』は村の自警団の見習いだ。
放火事件ならばケイやケイの仲間から告知があるはずだが、未だにそれはない。
魔法使いや魔物が悪事を働いたなら、いくら【ものぐさ魔女】とはいえ村で唯一対処可能なモナドの耳に入るはずだ。
だが、今の状況はそのどちらでもない。
ふたりがただの村人と実戦経験の乏しい魔女とはいえ、この異様な状況に緊張が走った。
「おまえ簡単なクエストって言ったよな?」
そう軽口を叩きながら【わらすぼ屋】は周囲の様子を窺う。
魔女もまた「いつもなら簡単なクエスト……」と応じながら杖代わりにと渡されたクエスト募集看板を胸の前に引き寄せ、いつでも魔法を放てるように身構えていた。
遠くから街道の喧騒が小さく耳に届く。
祭りでもないのに、何故か往来も多く使い魔までもが飛び交う状態の街道。
「もしかしてこれ……?」
「かもな。逃げるぞ」
薬草の群生地から立ち去ることを決めた時、ふたりの背後でがさりと物音が鳴った。
はっと振り返るが、そこには広場から走り去るイタチがいるだけだ。
「……なんだ?」
「天敵がいたのかも……」
広範囲が焼けているが辺りには魔法の匂いが全く残っていない。だとしたら人間か魔物による放火だ。
「もう煙は出てないけど……犯人が近くにいるかも……」
「もしくは、戻ってきた」
その可能性に至ったとき、ふたりの頭上から突風が吹き下ろした。
姿勢を低く下げて吹き飛ばされないよう踏ん張っていると、風の奥から、どん、と重たい物が降り立つ音が届く。
「…………」
嫌な予感に【わらすぼ屋】が固まっていることに気付いた【ものぐさ魔女】モナドは、そっと彼の背中を地面に向けて押した。パニックを起こして騒がれることに比べたら今のように硬直してくれていた方が余程マシだ。
いつでも魔法が放てる体勢を整えたまま彼女はそろそろと顔を上げる。
見上げたそれは、全身を鱗に覆われた、巨大な赤竜だった。
モナドたちを気に掛けている様子は無いが、無意識の行動に巻き込まれてはかなわない。
ぐわ、と竜が大きく口を開くのを見計らい、モナドは杖代わりの看板を大きく振り上げた。
途端に周囲にぴよぴよサイレンが響き渡る。ともすれば街道にまで届くかもしれない音量だった。
それは【ものぐさ魔女】であるモナドが今この状況で最速で唱えることができる『尋常ならざる騒音に等しい鳥の合唱を放つ魔法』だ。
突然の騒音に竜はきゅうと目を閉じ身を竦めている。
「逃げるよ……」
「うるせえ」
「そういう魔法……」
もはや風圧のためか騒音のためか、地に伏せ身を丸くし動くつもりのない【わらすぼ屋】の襟首を掴み、モナドは友人を引き摺ってその場を離れる姿勢を取った。
もはや薬草採集どころではない。
赤竜が怯んでいる隙にモナドは恐慌状態で硬直している友人を引きずり全力で逃げ出した。
だが、出不精の【ものぐさ魔女】のことだ。ただでさえ体力に乏しいというのに成人男性に肩を貸した状態で巨竜相手に逃げ切れるはずもなく、あっという間に追いつかれてしまった。
「…………っ!」
彼女が習得している魔法で唯一竜に先行できる『尋常ならざる騒音に等しい鳥の合唱を放つ魔法』を再度唱える。
だが、完全に不意打ちで仕掛けた前回と違って、今回は竜も警戒しているうえに一度見せた魔法だ。タネが割れているいま、単純に騒音を放つだけの魔法が通用するわけもなく、竜は平然と小鳥の大合唱を聞き流している。
にいい、と赤竜が笑った……ように薄く口元が開いた。噛み合わせた歯の奥からチラチラと赤い明滅が見えた。
(火……!)
周囲の状況から察するに、これが薬草の群生地が焼け野原になった原因だ。
咄嗟に隣の【わらすぼ屋】の様子を窺うが、ただの村人である彼は未だ硬直したまま動く気配は無かった。幸か不幸か、とにかくこれで彼に魔法を当てる心配は無かった。
(転移魔法は描いてる時間が無い……動けない人間に加速魔法は意味が無い……)
魔法の杖代わりに持ってきたクエスト看板を抱えて次の魔法を唱え始める。
冷熱を緩和させる呪文のような熟練度を要求される高位魔法は【ものぐさ魔女】には使えない。
竜に効果がある例は聞いたことがないが睡眠呪文で対応するより他なかった。短い詠唱を終えて、思い切り看板を頭上に突き出して掲げる。
ぽんと飛び出した光球が竜と魔女の合間で弾けて閃光が弾けた。
「おまえちゃんと勉強してたのか?」
「違う……あたしのじゃない……」
当然ただの村人である【わらすぼ屋】の魔法でもない。助けに来るとしたら自警団見習いの友人ケイだが、そちらも魔法は使えない。
ならば他に一体誰が、と考える間もなく「魔法使い! 斬れるようにしろ!」とモナドに向けて指示が飛んだ。
「おっけ……」
それは聞き覚えの無い男の声だったが迷っている暇は無い。竜に向けて減退呪文を放った直後、メリメリと鱗の裂ける音と苦悶の咆哮が届いた。
未だ閃光魔法の残滓が残る視界の奥で、ばさりと重い羽音が【ものぐさ魔女】と【わらすぼ屋】の耳に届いた。どうやら赤竜は退いてくれたようだ。
「オメーら、怪我はねぇか」
ぶん、と血振るいの音と共に例の乱入者の声が届いた。見ず知らずのモナドに指示を飛ばした時といい、口調こそ粗暴なものだったが野党の類ではなさそうだ。
「えっとぉ……あたし……」
「ありがとう。オレもこいつも無事だ。オレは開店休業中のわらすぼ屋。こっちの魔法使いはモナド。あんたは?」
話す事すら面倒くさがる【ものぐさ魔女】モナドに代わって【わらすぼ屋】が挨拶を引き継ぐが、赤毛の剣士は「……わらすぼ屋って、人間の名前か?」と首を傾げている。
「田舎の小さい村でね。大体昔馴染みの連中ばっかりだから屋号で十分なんだ。モナは代替わりしたばっかりだから、魔女って言うとまだ先代をイメージする奴が多い」
【わらすぼ屋】が説明すると剣士も得心がいったように頷き「だったら俺ァ農家か牛乳屋だな」とけらけら笑っている。
「村を出た今は勇者をやってる。火竜退治の次は魔王討伐だぜ」
「魔王?」
「あっちの方で使い魔が行ったり来たりしてるだろ。なんかわかんねえけど魔王の城でやるみたいだ」
オメーらだって魔法使いとその手先なんだから参加者だろ?と【勇者】は訊ねるが、村人ふたりはぶんぶん首を振って否定する。
「あたしはクエスト貼ったの……薬草採集……」
「オレはそれを受注した。そしたら火竜のサプライズアタックだ」
「ははは。たまに聞くぜ、そういう話」
さっと周囲の焼けた薬草畑を一瞥した【勇者】はただでさえ不機嫌そうに寄せた眉間の皺を一層きつくする。
「どうすンだコレ。おい魔女。薬草のアテはあるのか?」
「ない……」
そうか、待ってろ。と【勇者】は背嚢を漁り薬瓶をまとめたポーチを取り出すが、いずれも既に薬効成分を抽出した薬品に加工されており原材料はまるで入っていなかった。
「悪ぃな。手持ちがない。オメーらも魔王の城まで行けば薬屋ぐらい売ってくれるだろ」
「こちとら開店休業中のわらすぼ屋とやる気の無い魔女なんだよ」
【わらすぼ屋】の言葉にすぐさま真意を読み取った【勇者】は眉間の皺を深くする。
「馬車に乗せてけってか」
即座に【勇者】は金勘定を始める。
「…………ま、いいだろ。ただし……」
【勇者】が【魔王】に挑むのだから要求されることは決まっている。なんとなしに【ものぐさ魔女】は姿勢を正した。
「へへへ……わかってんじゃねェか。えっと……モナ?だっけ。どんな魔法が使える?」
「騒音魔法、あとは睡眠魔法とぉ……減退魔法……」
列挙したのはいずれも赤竜に向けて放ったものだ。
「一瞬の足止め、睡眠、防御力低下……なるほどな。視覚を奪う閃光魔法と初歩の回復魔法は俺が使える。それに炎・雷・風の三つは魔法剣としてなら使える」
「……魔法剣って?」
【わらすぼ屋】がそっとモナドに訊ねる。
「魔法って……結構イメージだから……何にもないところから風を送るイメージするより……剣を振ったときに鋭い風を飛ばすイメージする方が……簡単にできるひともいるの……」
つまるところ【勇者】の扱う魔法剣とは彼の振るうバスタードソードを介して撃ち出される魔法のことだ。
「オメー、強化魔法と攻撃魔法は?」
「加速魔法と砕氷魔法……あと時間がかかるけど転移魔法も……初歩的だけど……」
おまえちゃんと勉強してたんだな、と友人は口を挟むが【勇者】は「上等だ」と納得している。
「よし、これなら行けるぜ魔王討伐!」
「あの……あたし……薬草が欲しいだけ……」
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