生きていて得られた教訓/経験上絶対やめたほうがいいこと/ライフハックなど
若いころ頃やたら意地悪だなと思ったこと、あとからあれは自分のために言ってくれていたということ
相手が嫌われるの覚悟で「それ直さないとこれから色んな人に嫌われるから危ない!」って教えてくれてたんだあれ
言い方はキツかったけど
要するにパーソナルスペースを守れとか、敬語ちゃんと使えとか、常識身につけろとか、清潔感を出せとか、効率よくしろ、協調性を大切にしろとかそんな感じのこと。
自分が全部できるようになった今、若い人に非常識なことされても自分からは怖くて言えてない。相手の捉え方によってはこちらがクビにされるかもしれないし、悪口言われたり、相手が病んじゃったりすると思うとさ。
私に教えてくれた人ありがとうごめんなさい
ストレス解消で爆食いは良くないと前に読んだけど、むしろ生きるためにたくましく生命力が強いのでは?
結局あらゆる事が人による。◯◯だからで判断しきることはできない。
物の見方や考え方、目線を少し変えるだけで見慣れた物が新鮮に見える。辛い事もあるけど、嬉しい事もある。気付かないだけで日々少しずつ変化を繰り返している。世界はこんなにも輝いていて美しい。
ジムに行くなら会費問わずトレーナーが基本的にいるジムにしろ。
どんな言葉であれ自分の口から出たらそれは鋭い刃や矢となりいつか必ず自身に跳ね返ってくる。
起きた出来事をどう捉えるか、買ったみかんが甘くなかったら「糖分を抑えられてよかった」と発見できるかで生きやすさは変わる
特に問題の無い健常児が放課後デイサービスなどの「障害児向け」のサービス利用を勧められる理由は「虐待の可能性などが疑われて、子供が潰れる可能性が高い」から。
嫌われたくない!とペコペコするのも、
舐められたくない!と虚勢をはるのも、
人間関係を築く上ではちょっとアンバランス。
「合わなかったら私が去ればいいか!」
くらいの自然体でいるのが結局一番良い。
ご年配の方が読点が多いのを揶揄するのは想像が足りてないから
前後の焼け野原をどうにか生き抜いたこどもたちがどれだけ読み書きするチャンスを与えられたのか。大人になった彼らと同じ時を生きていた人たちが、少しでも彼らでも読みやすいようにと工夫をした優しさの積み重ねが、年配者の読点の多さの正体だよ
自分の物差しに想像の余地を足さないと測れないことが世の中にはたくさんある
モラハラは直らない。あれは性格ではなく脳の問題なので。苦言を呈して直ったように見えることがあるが、単にその時ターゲットから外れたからモラハラ行動をしなくなっただけ。ターゲットが弱ったり、別のターゲットを見つけたらそっちにモラハラをする。
「異性の友達」は成立する。
ただし「プライベートの交流がある異性の友人という時点で、若干であっても性的魅力は感じている」という前提はある。
その上で性的関係・恋愛関係に発展しない理由は「本命の相手が別にいる」場合で、その本命の相手との関係性をより良好にするために、まず異性の友人を通して異性について様々なことを見たり学んだりするという「予行演習」の性質がある場合。
逆に言えばそのような打算が無く、さらに「生理的に無理」という相手とはそもそもプライベートにおいては関係が成立しない。
程々にいい子であれ
でも都合のいい子にはなるな
そりゃ誰だってファーストペンギンになるのはいやなもんなんだ。でも1人目がいなきゃ2人目は生まれない。
お利口さんにしてたって時勢は自分に向いてくれないよ。
重くてどうしようもない相手と切れるには、相手から嫌われるのが1番手っ取り早い
他人に期待して動くことはやめた方がいい
こことかXとかで、「なんて酷いやつばかりなんだ、ブロックしてやる!非表示してやる!一言物申してやる!」が止まらなくなったら…。
周りが酷くなったのではなく、あなたのアンテナの感度が不必要に高くなってしまっている可能性がある。
ネットからちょっと離れようか、のサイン。
相手のために苦労したり我慢することが愛情ではない。
愛情を確認するために相手に苦労させたり我慢させたりする人が多い。これはお互いに相手を試し続けることになる。地獄の道だから止めたほうがいい。
愛情だけじゃなくて友情でやる人もいるから要注意
人は産まれた時から人では無い。知識、教養、読書、礼儀作法の積み重ねで初めて人になる。
本当はいい人と言われる人はいい人ではない
考え無しの気の強さとここぞと言う時に見せる気の強さは違う。