生きていて得られた教訓/経験上絶対やめたほうがいいこと/ライフハックなど
色々苦しいのはあるけどさ、とりあえず今日は何すんの?ってところよね。人生は究極それしかない気がする。「今日どうすんの」ってことだけ。
情に流されたら終わり
「世界に搾取される」「世界に虐げられる」というものは自分の性別に拠らない。
自分の性別ではなく「いかに安定した親の下に生まれたかどうか」ですべてが決まる。つまり、心身や経済状態が非常に不安定な親の下に生まれれば男女問わず不遇になる可能性は飛躍的に高まる。自分が男性だから、女性だからというものはあまり関係ない。そしてそこから救われるかどうかという点は人柄が良い友人や家の外の大人に恵まれるか否か。ここからしても自分が男性だから、女性だからという話は関係ない。環境でほぼすべて決まる。
ケータイ見ていい
は何もやましいことをしていないわけでも信用できるわけでもなく
どうせこいつは見ないとなめられてるし
やましいのは消しとけばいいと思ってるだけ
だからそのうちぼろが出る
口内炎にきくのはビタミンでも塗り薬でもなく、漢方の半夏瀉心湯だった(勿論人による)
胃が悪いと口内炎が出来るのだから納得
自分の一番の味方になれるのは結局自分。自分を助けられるのも自分。たとえ他人が助けたいと思ってくれても、他人である以上はヒントを出したり補助をすることしか出来ない。だから自分で助かるための機能を破壊する教育や虐待や虐めは本当に罪深いことだと思う。
自分が思いつくレベルのことは大抵先人やプロが思いついているしそれが実現したり普及したりしていないのにはそれなりの背景がある
他人は鏡
自分の普段が相手の行いで返ってくる
世界は素晴らしいと思えば世界は素晴らしく映り、世界は残酷だと思えば世界さ残酷に映る
そんなもん
自分なりの定義づけをちゃんとしていくと生き方が定まってくるんじゃないかと思う。言葉をなんとなく適当に使ってると周囲に合わせてブレちゃう気がする。そういう人がよく使う言葉としては「普通」とかね。普通の定義が自分の中に明確にないから生き方が分からなくなるんだと思う。別に定義は修正可能だからいつだって変えていけばいいんだけど、辞書を引いて出てきたような意味や定義ではダメなんじゃないかと思う。
人間のことを人間として見ない方がいい気がしてきたよ
一般的な女性の多くは世界は自分を助けてくれるものだと信じている
一般的な男性の多くは世界は自分を助けてくれないものだと信じている
自分は自分以外にならないと決めると多分楽になる。この人みたいになりたい!って人は勿論それでいいと思うけど苦しいならやってほしい。
女性のためのコミュニティが成立する最も可能性の高い方法はある一人の男性がそこの管理人となり、しかし女性に手を出さない、暴言を言わないなどということを通すこと。
それによって男性がすでに居るので女性が他から男性を連れ込むなどということが出来なくなる。他の男性が外部から入ってこようとすることにも牽制が効く。興りが女性だけのコミュニティは必ずどこかしらからかの男性の参加が必然として起き崩壊するか、誰もが理想の男性を待ち続ける形を取り、文字通りの意味でほとんどのアクションが発生せず、結果として崩壊する。
無資格の自称カウンセラーより臨床心理士など有資格者を選ぶこと。SNSで宣伝しまくってる無資格者はほぼハズレと思って良い。
何かを失ったとしても元々は無かったんだと思えばいい
思い出ごと捨てろという意味ではなく、たとえ子供が1歳で亡くなってしまったとしても、元々なかった幸せを2年分得ることが出来たと考えた方が幸せ
人生の頑張りどきってあるんだよな。睡眠時間も削ってがむしゃらに一つのことだけをやり続けるみたいな時期が。そのおかげで得られるものはとても大きいけど、もちろんその代償はあるのよね。良いところだけ欲しいなんて都合のいいことにはならない。不幸になってでも目指す覚悟があるかどうか、賭けるしかないんだよ。それは仕事でも恋愛でもなんでもそうだと思うね。
言い方は多少気を使った方が良いけど言ったもん勝ち、行動したもん勝ち
もし仲が良くてもされて嫌なことはちゃんと伝えましょう
人でも場所でも組織でも「そこにいると自分の性格が悪くなる」という所からはさっさと離れたほうが良い。