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会うたびに「お前はでっかい赤ん坊」と言ったりとか「鼻がぺったんこだ、伸ばしてやろう」と鼻をつまんできたりとか、子供心にちょっと嫌だっけど、私が算数の授業で家から三角形の箱(思えば先生も無茶ぶりをしたものだが)を持っていかなきゃいけなかったとき、そんな箱はないよと母と祖母に言われて泣いていたら、段ボールを切り出して作ってくれたり、私が木の指輪を落として割ってしまい泣いていたら、すぐ直してくれたり、可愛がってくれていたんだなと思う。
90歳で亡くなった祖父。祖母と大喧嘩して音信不通になった私をずっと気にかけてくれていたのに、10年話さなかったね。ごめんね。 -
私は一度もピアノを欲しがったことはない。
たぶん祖父がイメージする、子供の喜ぶものの概念がピアノだったんだろう。
ガレージを改造して作った作業場で、なんのパーツかわからない木片をずっといじっていた。祖父は小学校しか通ってないし、ピアノの作り方なんてほとんどわかってなかったろうし、ピアノはついぞ出来上がらなかったけれど、祖父はずっと私にピアノを作ってくれようとしていた。
私は今、これを書いていてようやく、祖父のピアノをずっと楽しみに待っていたのだなと気づいた。