Tters

U7wwig スレ主 2025年03月

すみれが一輪、写真の上に咲いている。

最初は見間違いだと思った。だが何度瞬きをしても、何度手に持つ角度を変えて写真を見ても、間違いなく写真の上にすみれが咲いている。春の曙を柔らかに帯びた藤紫の花弁も、麗らかな日差しに佇む深緑の葉も、全てが瑞々しい。まさにたった今咲いたと言っても過言ではないような、そんな息吹を感じさせた。
何度目かの凝視をしてから、ため息をつく。
そもそもこのすみれは、写真から実体化して出てきた、という類のものではない。写真自体は何ということはない、昔旅行に行った際撮ったものだ。友人と二人で。
そう、あの頃は楽しかった。お互いに文を描き、絵を描き、そうして出来た作品について夜が更けるまで語り合った。空が白んでも瞳の輝きは薄れず、行こうと思えば虹の麓にさえ走っていけるように思えたものだった。
けれど、それももうない。この写真を最後に、全てが泡となって消えてしまった。

「ごめん、遠くに行きたいんだ」

何度も耳に蘇る声が、心を刺す。

U7wwig スレ主 2025年03月

あの時、動揺のままに何故と問えば、彼は寂しげに笑った。
「遠くに行かないと、君との思い出を側に置いていられなくなるから」
見慣れたリュックを背負い直し、彼はふりかえり様に言う。
「本当はずっと、君に嫉妬してたんだ。長い間
、物分かりのいいふりをしていてごめんね」
あまりにも柔らかく、穏やかな声に呆然としている間に、彼はドアを閉ざして行ってしまった。あの時の自分はドアノブに手をかけることもできず、しばらく立ち竦んでいた。
一人だけの影が落ちる廊下で、言えなかった言葉が渦を巻く。
嫉妬していたのは自分の方だ。いつも絶えず周囲に人がいて、皆から受け入れられている様に。作品を通してでしか自分の感情を吐露できない自分と違って、いつも屈託のない言葉を選んで笑う様に。どんなに技術が上達しようと、彼は決して自分には手に入れられないものを持っている、その事実にどうしようもなく打ちのめされては、じわじわと影に蝕まれるような気持ちになっていたのに。何で、どうして。

U7wwig スレ主 2025年03月

何故今まで言ってくれなかったのか、という気持ちと、言えるはずもなかったのだ、という気持ちで心が割れた。割れた心は手を振るわせ、やがてペンを握らせなくなった。吐露されなくなった感情は澱のように頭を鈍らせ、足を縛り、同じ場所に留まることしかできなくなった。表向きは今まで通りの生活を送っていても、頭の中では常に影に蹲っている。それでも何とか歩もうともがき、あがいて、どうにかペンを握らずとも、自らの感情に向き合う術を身につけてから、数年経った今。
あの写真が目の前にあり、その上に咲いたすみれが、そよ風に揺れている。
そっと藤紫の花弁に触れてみれば、朝露に白む空の香りが、部屋に漂った。
「……懐かしいな」
一人呟き、目を閉じる。涙は滲まなかった。
「……今となっては、君に抱いた嫉妬さえ懐かしい」
続いて溢れた言葉に、さらりと手の内から何かが溶け去ったような感覚がした。目を開けて手の内を見れば、もうどこにもあのすみれは咲いていなかった。

U7wwig スレ主 2025年03月

あるのは、たった一枚の写真だけ。
静かな微笑みが唇に浮かぶ。
私はそっと、写真をアルバムへとしまいこんだ。

一部の投稿は、削除または非表示設定により表示されていません。
物語書いったー