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先生は黒板に地球のイラストを描き、
その周りに何個かの丸を描いた。
「この丸は別の世界、異世界だ。実際とは違うが、これで話を進めるぞ」
児童たちの中には表情に影を落としている者が
数人いる。先生はあえて触れず、話を進めた。
「異世界には魔法やそれに似た技術がある事が多く、異世界誘拐は行われる」
何人かの児童が魔法という言葉に目を輝かせたが、影を落としていた数人は拳を握りしめたり、歯を食いしばったりしている。
「異世界の人間は誘拐した人を『勇者』『聖女』など地球の人間が喜びそうな名称で呼び、『この世界を救って欲しい』と言ってくる事がほとんどだ。その実、体のいい奴隷扱いをして使い捨てしている」
想像力の豊かな児童たちが震え初め、影を落としていた児童たちは今にも泣きそうだ。 -
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「そうして使い捨てた後はまた地球から呼び出し、使いつぶす。その繰り返しだ。その使い捨てされた『勇者』や『聖女』は地球に戻って来ることもある。もちろんこき使われていたダメージは回復していない。その人達はずっと入院生活を余儀なくされている」
泣きそうになっていた児童たちは怒りを顕にするものと泣き崩れるものに分かれた。
「そういった事を防ぐためにこの異世界防犯ベルだ。異世界に拐われそうになった時、真ん中にあるボタンを押す」
先生は黒板のボタンを指差した。
「すると、『異世界調停管理局』に現在位置を送り、」
言い終わる前にあまり話を聞いていなかった児童が真ん中のボタンをポチッと押した。
けたたましい音の代わりに、黄色い楕円に幾重もの複雑な模様が光で描かれる。 -
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するとその模様が教室の床に移り、大人が数人入れるほどの大きさになると、一際大きく輝いた。先生も児童も咄嗟に目を閉じた。光がおさまった後、ゆっくりと目を開けるとそこには、カーキ色のロングコートを着た大人二人、警察官が数人同時に現れた。
魔法らしき力の発動とお巡りさんの登場で
はしゃぐ児童たち。
先生はボタンを押した児童の名前を呼び、
「緊急事態でもないのに押すんじゃない!」
と叱りつける。児童は不満げな顔をしている。
カーキ色のコートを着た男性はその児童の前にしゃがみ、目線を合わせながら
「何度もやっていたら、いざという時信用されなくなってしまうよ?異世界で一生暮らしたいというなら話は別だけど」
とやさしい笑みを浮かべながら言った。
笑顔だが、怒気を含んでいることに児童は気付き、悪寒が走り、首を縦に何度も振った。 -
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「よし、いい子」
男性は立ち上がり、
周りの児童を見渡しながら、
「このようにボタンを押すと俺たち『異世界調停管理局』の職員とお巡りさん達がやってくるよ。君たちが異世界誘拐されないよう守るからね」
と通る低音の声で言うと、
「…でもおねえちゃんは守ってくれなかった」
怒りを顕にしていた児童の一人が絞り出すような声で呟いた。教室の視線が集中する。
「守ってくれるんだったらなんでおねえちゃんは異世界にさらわれたの?どうして帰ってこないの?」
小さな拳をぶるぶると震わせ、
涙の溜まった瞳で職員を睨みつける。
同じように憎しみを込めた視線が何人かの児童から向けられる。
教室が沈黙に包まれた。 -
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男性職員はその視線を受けても
笑顔を崩さない。怒りを伝えてきた児童に
答えようと口を開こうとすると
「やめなさい」
もう一人のカーキ色のロングコートの職員が
男性を止めた。
ずっとフードをかぶっていたので、声で女性とわかり、近くにいた児童が興味本位で顔をのぞき込もうとする。
「みないで」
フードの女性は児童の視線を手で遮った後、
怒りを伝えてきた児童の前に歩み寄った。
「『異世界調停管理局』は後手に回りがちなの。異世界の奴らは狡猾だから…あなたのお姉さんを助けられなくてごめんなさい」
フードの女性は深々と頭を下げ謝罪した。
謝罪された児童は目を大きく見開いた後大きな声をあげて泣き始めた。
姉が異世界誘拐された後
大人にこんなにも丁寧に詫びられた事がなかったのだろう。 -
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フードの女性は大泣きする児童にハンカチを
差し出し、泣き止むまで優しく背を撫で続けた。その後、憎々しげな視線を向けていた
異世界誘拐の被害家族である児童に一人一人
謝罪をする。
児童たちは動揺したり、さらなる怒りをぶつけたりしたが、女性の真摯な謝罪と先生の仲裁にに事態は何とか治まった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、
職員たちと警官たち、先生は教室を出る。
児童たちは濃密な時間を過ごしたせいで疲れたのか誰も教室からでてこない。
「すいません、お忙しい中事件でもないのに」
先生が頭をかきながら、謝罪する。
「いえ、事件ではなくてよかったです」
フードの女性は心底ホッとしたように
「そうそう〜むしろちょうどよかったし」
男性は手をひらひらと振りながら軽く答えた。
「ちょうどいい…?」
先生が首をかしげると、
「この近所で『異世界誘拐』が起こった」 -
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「…やり過ぎ」
フードの女性がうんざりしたように呟く。
「だ〜ってさぁ」
「だってじゃない。『異世界誘拐』は普通の犯罪じゃない。だから他の犯罪より現実味がない」
「だからって軽く見られちゃ困るよ〜それは君が1番わかってるだろ?」
女性が男性に抱きついた。周りの警官たちにはそう見えた。実際は女性が男性の首元に手から生えた光の刃を突きつけていた。
「熱烈だねぇ」
「黙れ」
「ごめんごめん、言い過ぎたかな〜?」
「うるさい」
「そろそろお仕事に戻ろうか〜?」
女性は男性から離れる。手には何もない。
警官たちはホッとした表情を浮かべている。
「行こうか〜人手はどれだけあっても足りないからね〜」
職員と警官たちは学校を後にする。
「先行してる者たちに合流する」
「はいは~い…にしても」
「なんだ」
「初めてのケースだよね。『異世界誘拐』の被害者が人間じゃなく猫なんて」
─社畜と猫と異世界と─
第一章 『異世界誘拐とは』 -
先生が児童たちに確認する。
「「「「はーい!」」」」
児童たちは声を揃えて返事をする。
「よーし、では使い方の説明だ」
先生は黒板にチョークでイラストを描き始めた。描いているイラストは今児童たちの手にすっぽりと収まるサイズの楕円形にキーホルダーの金具が付き、真ん中にボタンがあるもの。色は全て黄色。
「これは『異世界防犯ベル』、異世界誘拐に遭ったときに助けを呼ぶ為のものだ」
「せんせー!質問!」
「「異世界誘拐ってなんですか?」」
先生と児童の声がハモリ、児童たちから笑いが溢れた。先生はパンパンと手を叩き、仕切り直して説明を始めた。
「異世界誘拐とは10数年前から起こっている犯罪だ」
犯罪という言葉に児童たちはざわつく。
「世界は今自分達が存在している以外にも存在している。」