ふと思い出した昔話を書きたい時や自分語りをしたくなった時などに使ってください。
幼少期のこと・学生時代のこと・頑張った時のこと・嬉しかった時のこと・懐かしい出来事など…様々な過去があって今があると思います。
人生の一部を書き留めたり覗き見たりしてみませんか。
明るい話だけに限定はしませんが
【思い出し愚痴ったー様との棲み分け】をお願いします。
前の前に住んでた所は日がよく入る部屋で洗濯物すぐ乾いたし照明つけなくても明るくて真冬以外は暖房いらないくらい暖かかった。隣室のママがヒステリック気味に育児してること以外は最高だった。周りの飲食店も美味しい所ばかり、スーパー・ドラスト・コンビニも10分圏内に何軒もあったから選び放題で本当に良かった。
前に住んでた所は時間帯によってちょっと臭くて日当たり悪くて寒くて水道水も不味くて最初はショックだったんだけど夏はめっちゃ涼しかったし冬の寒さは知らないうちに身体が慣れて気にならなくなったしヒステリックママの金切り声からは解放された(地味にストレスだったことに後から気づいた)。上階の子供の足音は気になったけど元気があるのは良いことだと受け止めてた。好きなジャンルの料理のお店が複数あって嬉しかったしいい感じの公園がたくさんあって良かったし何より知り合いが全然いないのが最高だった。
わりと適応力あるってのもあるんだろうけど、住めば都だなぁと思う
某所展望台、同郷の某少年ジャンプ作家が漫画で紹介してたところ。
この時期になると草花が綺麗で程よくて毎年のぼってたんだよなぁ
引っ越した後もなんとなく落ち着かなくてたまにいってた
もう結構遠い場所にきてしまったけど、今の時期が一番きれいなんだ
あそこは開発しないでくれい
この時期になると思い出す、下は菜の花畑、上は鯉のぼりが連なっている光景…
すごく綺麗だった…
去年は綺麗だったな…今年は行けてないけどどうなんだろうな…
はじめて母の誕生日祝ったのは小3のとき。両親は子供の誕生日祝っても、自分たちの誕生日は基本祝わない人だった。お小遣いもらい始めた小3のとき、母の誕生日にコンビニで300円くらいのプリンパフェ買った。
悩みすぎて帰りが遅くなったから怒られないかなって怖さと、1個しか買えなかったかなしさと、祝ってもあんまり喜ばれなかったらどうしようって不安でいっぱいだった。
母はものすごい喜んでくれて、携帯で写真撮って待ち受けにしてくれてた。それが自分も嬉しかった。二十年くらい前の話。オチはないよ
小学生の時コバルト文庫という少女向けラノベが好きだったな
ちょー美女と野獣というタイトルの、絶世の美女だけど粗暴な性格のケモナーが、獣から王子様に戻っちゃった恋人に魔法をかけなおして獣にするべく旅に出る話がわりと印象に残ってる。榛色という色をこれで知った
幼少期に住んでいた場所をグーグルマップで調べて、駅から当時の家までの道をたどったら、ノスタルジックな気持ちになってしまった。
小学校1年生までしかいなかったから学校の思い出は全くないけど
時々結婚式のことを思い出す 楽しかったなあ
新郎側が余興あんまり…って感じだったから、どうでもいい歌聞かされるくらいならウチらがその枠もらう!つって、新婦側が余興枠独占したんだよね
結局いくつ余興したかなあ
そして新婦も余興して、マジで宴会だったわ おかげでお食事いただく時間なかったけどね
結婚遅かったけど、こういうことしてくれる友だちと出会えた人生で良かったなって思った
小学生の夏は、毎年1週間だけラジオ体操やってた。無欠席でスタンプを集めると最終日にお菓子もらえるからなるべく行った。場所は芸能人の母校なんだけど、校庭の周りが土手に囲まれてる。鉄の橋を渡してるんだけど、幅狭く穴があいて心許ない。落ちたら一巻の終わりで、恐る恐る渡ってた。お菓子の為。校門じゃなくて何でそこから入らないと行けないのか、今でも分からない。
子供の頃風邪がインフルかで寝込んだ時母から早く元気になってゲームしてるところが見たいって言われたことを何故かずーーーっと覚えてる。TVゲームしてることを後ろめたかったから認めてくれてたのか…って嬉しかったんだよな…
修学旅行が熊本だったんたけど熊本城は改修工事中だったし、川下りは雨が降ってきて、屋根はあるけど壁のない舟だったから皆で座布団を壁にして景色なんてなんも見なかった それ以外覚えてないから、ハプニングがあった方が記憶に残ると思い知り、旅先でのハプニングも楽しめるようになったよ
学生時代にいじめられて、悩んで拒食症になったけど、なんとか卒業して学校離れたら拒食症が治った
卒業してからもしばらくは辛い記憶がフラッシュバックしてたけど、就職して、家族を持って、子供を育てていたら、生活をうまく回すだけで死の物狂いで思い出す暇もなくなって、いつの間にかフラッシュバックが起こらなくなった
いじめられてた時はもう人生終わりだと思ってた
たまたま幸運に恵まれなんとかなった
学習したので、そういう状況に陥る前に集団から離れるのが上手くなった
でも、あんな風にいじめられたら、もう二度と立ち上がれなくなる人も多いだろうと思ったので、これからはいじめられて辛い思いをしている人を支える側になりたいなと思った
小学生の頃、ハーフの子が転校してきて仲良くなった。その子は漫画家になりたくて、自由帳に漫画を描いてたのね。漫画の内容は全て覚えてないけど、今思うと起承転結がしっかりとあったし、コマ割りもしていたり、扉絵も描いたりしていた。たしか自由帳5冊分くらいの超大作だった。
中学からは連絡取ってないけど、漫画家になれてると良いな
小学生の時、一度だけ告白された事があったんだけど、
その子、普段真面目で頭がいい男子だったわけ。
でまぁ当時恋愛に興味ゼロだった愚かな私は、当然ふったのよ。
それでね、その年に修学旅行があったんだけど、
何と告白してきた男子がね、
私をおかずにしてたのよ。
もう衝撃で衝撃で。
あれ以来会ってないけど、進学した学校同じ学校じゃなくてよかったと思う。
絶対気まずいから。
合格祈願した神社のその帰り道、境内で派手に滑ってすっ転んだけど第一志望に受かった
今では「神様が厄落とししてくれたんだねー」って笑い話になってるけどわりと当時は家族含めて動揺してたw
ずっと前、一人で京都行ったときに親から「職場の人にちょっとしたお礼したいから◯円〜×円の家族三、四人で食べられるお菓子買ってきて」とお使いを頼まれて水羊羹を買ったら後日母づてに「娘さんのセンスとても素敵ね。綺麗で嬉しかった」と言われたことがなんとなく嬉しくて覚えてる。急な連絡だったから名店に出向いてとかじゃなく京都駅内の売店で買ったし販売者の情報とかも調べなかったし、ありとあらゆるセンスがないからお世辞でも褒められて嬉しかった。すごいのはその素敵な水羊羹作った企業だけど…
大昔の話、
高校受験はそんなに勉強せずに志望校受かったから、感動はその分薄かったよねw
「あ…受かった。」で終わった記憶()
むしろ同行した母のほうが喜んでたw
ぶっちゃけると、勉強しなくても入れるところ選んでしまったからな…
もっと勉強して、もうちょっといいところ受けてたら感動もあって頑張り甲斐あったんだろうな〜とも思ったけど、別に後悔はしてない←
結婚してすぐに遠方に引っ越したの
お家は小道を挟んで線路の向かい
開かずの踏切なんてものもあったくらいだから(だって線路が11本も並んでいたからね)、貨物も含めて何本も電車が走っていたよ
誰も知り合いの居ない所で、私にとっては長い長い新婚旅行のようだった
それから何度か引っ越して、県は違うけどまた線路のすぐそばの家に住んでるの
夜、布団の中で電車が通る音を聞くたび、あの頃を思い出すよ
小学生のころ放課後忘れ物取りに視聴覚室に行ったら誰かがピアノ弾いてて、他の学年担任の先生だった。その先生音楽担当じゃないしピアノ弾ける印象なかったから意外だった。すごく素敵なジャズっぽいオシャレな曲だったから座って終わるまで聴いて、お〜って拍手して「何て曲ですか?」って聞いたらちょっと困惑してて「わからない」って言われてびっくりした。その後聞いたところによると先生は音楽一家に生まれて小さいころからの教育で絶対音感があるものの、スパルタ教育すぎて音楽が大嫌いになってしまったとのこと。その頃私は音楽が好きになり始めてた頃で、絶対音感持ってる人がこんな身近にいたことと、憧れの絶対音感を持っていながら音楽が嫌いになることがあるんだ〜とびっくり。
やりたいこととできることと好きなことが必ずしも一致するわけじゃないんだよね。
それだけ。もう25年くらい前の話。
もう少しで誕生日。
去年の誕生日は休職中で実家帰ってたけど、両親がコ○ナかかってて外出できなくて大変だったな…
予定も全部キャンセルしたし、トイレ行く時は必ずLINEして報告してたし、ずっと部屋に篭らなきゃいけなくて大変だったけど、料理作ったりしてほんのちょっとだけ親孝行できたんじゃないかなって思ってる。
あと10日。今年はどんな誕生日になるかな…?
幼少期、祖父(故人)の家に呼ばれるちょっとした食事会がたまにあった。
祖父とは違いうちは貧乏だったから鰻やらすき焼きやらに釣られてヒョコヒョコついて行った。
幼稚園の年長くらい?の時に箸の持ち方がなってないって厳しく注意されたことを今でも覚えてる。
当時は恐怖の存在だったけど、今になってみると祖父が言ってたことはどれも真っ当なことで、大人になってから「あれはこのことを言ってたんだな」と納得することが色々ある。
子どもとの接し方が分からないだけで、立派な人だったんだと思う。
今でも大切にしてる教えが幾つかあって、そのおかげで一般的には選択を悩むような岐路に立った時も迷わず選ぶことができた。
あとあの時のおかげで「箸の持ち方キレイだね」とよく褒められるよ。
祖父のような人になるにはまだまだ程遠いし、また会ったらきっと叱られることだらけだろう。
おじいちゃん、素直に甘えられなくて可愛い孫でいてあげられなくてごめんね。感謝してます。ありがとう。