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スマホを握ったまま、彼はごろりとベッドに横になる。天井さえ見えない闇の中で、文章を書くのを辞めた自分を想像する。心を動かされた小説の作家が、自分と同い年だった時の焦燥感。あるいは歳下だった時の愕然感。思うような表現が出来ず、創造性豊かな展開を書くこともできない自分と彼らとの対比を繰り返し、嫉妬に苛まれる日々。そういうものから全て解放されるんじゃないだろうか。そう、まさにストレスフリーだ。そうやって空いた心の隙間に別のものを詰め込んだら、もっと有意義な人生になるかもしれない。旅行、運動、自分磨き。何か輝いてそうなそういうものは、何か正しい喜びを自分にもたらしてくれるような気がする。
「辞めちまってもいいんだよなあ」
改めて声に出してみると、虚しさが募った。よし辞めようと思ってすっぱりやめられない自分への幻滅かもしれないし、正しい喜びをもたらしてくれそうな物たちへ、いっこうに興味が湧かない自分への失望かもしれない。 -
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辞めたほうがいいんじゃないかと思った時、誰も止めてくれない寂しさも混ざっているかもしれない。何もかもが曖昧で混ざり合った感情は闇に輝く北極星にならず、地に落ちた隕石となって彼を見つめている。黒々とした石の残骸が手のひらに食い込んだ気分になりながら、彼は二度目の問いを漏らす。
「どうして書くの、やめられねえんだろうなあ」
正直他に楽しいことはたくさんある。
ゲーム、写真にジオラマ作り。他の趣味であるそれらは、日常の気持ちを軽くしてくれる。文章を書く気力がない時も、気分転換の一環として助けられたことは少なくない。あれこれと苦労もあるが、そういう趣味たちは文章を書いている時ほど、彼に自分との対峙をもたらさないせいかもしれない。
そこまで思い至って、ふと気付く。
「……あー、そっか」 -
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楽しい。心が軽くなる。けれどそれは、自分に自由をもたらすのとイコールではないのだ。
寝返りを一つ打って、ベッド脇の壁に向き直る。
(自分の心の内側を切り貼りしたもんしか書けないにしても、そんで書いていいねが0だとしても、金にならなくても、何者になれなくても……俺が俺として一番しっくりくるのが、書くことなんだな)
焦燥があっても、愕然としても、嫉妬したとしても。自分磨きの輝きからは程遠いが、確実に存在する自分の心の置き場として、これ以上しっくりハマるものがないくらいに。
彼はスマホの画面に向き直った。そうして最初の一文を書き出そうとしてから、ちゃんと寝てからにしようと思い直し、目を閉じる。
枕元に置かれたスマホの画面が、流星の尾のように光った。 -
真夜中の午前2時。スマホの液晶画面から発される光が、彼の顔を青白く照らす。きっと今の自分は、暗い部屋に降り立った亡霊のように見えるのだろうなとぼんやり思う。ああ、それにしても。
「……あー、書けない」
メモアプリを見ながら呟く。先ほどから書いては消し、書いては消しを繰り返しているせいで一文字も進まず、真っ白なままだ。別に職業として物語を書いているわけでもないし、いわゆる趣味の原稿に追われているわけでもない。ネットに作品をあげてはいるが、そうしたところでバズるようなものでもない。いいねの数は大体0が常で、感想も0。金も信頼も名誉も掛かっているわけではないのだから、正直今すぐ書くのをやめたところで、誰も困りはしないのだ。最近はそこまで誰かに承認されたい欲求もないし。