｢架空の男｣

この人差し指ですか。いえくっ付いたんですが時々こうして痛むんです。

私の父親もその祖父も大叔父さんもそのまたご先祖さまもこぞってその家系の男は右手に業がありましてね、どういう意味かってみんな怪我をするか障碍を負って生まれてくる訳ですよ。

祖父は軍隊の頃にかかった凍傷で右手の指を全部切断する事になってね。

私が生まれた時はもうすぐに苦労をしないようにって布を巻き付けてね、右利きに矯正されましたよ。

12歳の暮れのことでしたね。老朽化した電動糸鋸が暴走して僕の人差し指が、本当に向こうの机まで宙を飛んだんですよ。

クラスメートがワアワア大騒ぎする中、給食室から牛乳瓶を貰ってきて人差し指をつけておいてくれた女の子が居てね。こうして今が有るんです。後で聞けばその娘の父親は外科医の倅だったんですよ。
ああ、あの娘、なんて名前だったかなァ。
他は出てくるのにその娘だけ何故か思い出せないんです。悔しいなぁ。