OK
  • 3v4YLJ1月13日
    キリスト教の隣人愛って本当に例外なく他者を包括しようとするのが本来だし、当たり前だけどまじめな宗教者は実践に苦労して、その苦も受け入れる精神だけど、日本ってそういう宗教無いなと。新興宗教は特に無い。伝統宗教だと宗教者個人のポテンシャル次第になっちゃう。なぜ
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  • スレ主(3v4YLJ)1月13日
    教会の扉はいつもオープンにしていて誰でもウェルカムだったり、別の宗教信者でも自分の教区にいる人間が困ってたら気にかけるし、必要なら助けるというか介入する…って日本だと無理だよなぁ~~と
  • .43WgC1月13日
    神道では神は人を救うものじゃないので、宗教も人を救うことを役割として持ってないし教義にもならない
    日本の隣人救済は農地単位の村制度(農地が近いと一蓮托生なので)に依るので宗教がその役割を必要としてなかったのもあると思う
    これは共存共栄のための相互扶助を前提としているので、土地に縛られる農業から離れたら希薄になるのも自然な流れじゃないかな
  • スレ主(3v4YLJ)1月13日
    返信先: @.43WgCさん たしかに、神道は豊作とかの豊かさや災害から守るような、現世利益的な守護であって、救済ではないもんね…仏教もあくまで解脱でなんかちょっと違うし
    制度からこぼれ落ちてた層は必ずいたはずだけど、わりと最近まで(特に地方だと戦後まで)共同体から離れること=死を意味してたぽいから、救済の役割を担う宗教は発生しようがなかったのか
    公助が先進国並みに発展するわけでもなかったのもあいまって、そこにいわゆるカルトが活躍してしまう素地があったのかなぁとか考えてしまいます