返信の受付は終了いたしました。
-
-
- 読み込み中...
もしかして、これも「嫌いの反対は無関心」(ただし誤用のほう)の一例なんだろうか
「本当に嫌いならむしろ無関心のはずだ、にもかかわらず嫌いという感情に振り回されるのは実は好きに相当するのでは」みたいなやつ
これの「嫌い」の対象を自分にしたようなものと考えているのだろうか -
その「自分が」の後に続くのが「○ねばよかった」「すべて悪い」「○んだら解決するのに」のようなものであってもなお自己愛だろと笑うのか?