• ところで、この卵からは何が産まれると思う。
    男と『私』の間にある台の上に大小さまざまな鳥類の卵が乗せられている。白いものがあれば赤味を帯びたものもある。
    『私』が手のひらで握り込める小さなものを指してこれは鶏の卵だろうと答えれば、男はひび割れた声でそうだなと頷く。
    「だが、残念だ。この卵は無精卵だから何も産まれやしない」
    「……じゃあ、その大きなものは」
    男は無言でそれを地面に落として割る。恐らく無精卵だった。
    そもそも、『私』は何故、何を男に問われているのだろうか。その疑問を口にする前に男はもう一度選べと促す。
    「ここは選定の場だ。あんたは選ぶだけでいい」
    「……その、灰色のものは」
    「これも無精卵さ。あんたは堅実すぎてつまらない」
    男が卵を幾つか取って手のひらで転がす。紫や緑色の卵がぶつかって、硬く空虚な音を立てる。
    紫色の卵を割る。何も無い。
    緑色の卵を割る。何も無い。
    地面に広がる色とりどりの殻を踏めば、手応えも少なく砕けた。ジャリ、と不快な感覚が靴越しに伝わる。
    「あんたが選ばなきゃ何も無いんだよ。その卵の中には」
    男がため息混じりに言う。
    「選んでみな。そこから何が産まれるか願うんだよ」
    「……。ああ」
    きっとここから雛は産まれないのだとやっと分かる。次いで割った卵からは鶏が産まれた。
    「はは、卵が先だったか」
    「いや、鶏が先かもしれない」
    無意味な問答だと思う。男はそれからは何も言わず、『私』が成す事を見ていた。
    猫、犬、豚。本、かぼちゃ、金。沢山のものが産まれた。
    ふと、『私』は恐ろしくなる。
    この選定が終われば彼らは何処に行くのだろうか。彼らの役目とはなにか。
    「無辜の人々に与えられるのさ」
    「それはいい事なのか」
    「いい事さ。あんたが無辜の人々を選んだんだぜ」
    「……卵が先か、鶏が先か」
    「あんたが選んだのか、あんたに選ばせたのか。好きに思ってくれていいさ」
    男は皮肉っぽく笑ってみせ、先程無精卵だと言った卵を手に取る。
    「コイツらにも一応、お役目はあるんだぜ」
    では、男の役目は……。
    「俺はあんたを見守るだけさ。さあ、続きをやってくれ」
    男に促されるまま青色の卵を手に取って、産まれるものを想像する。
    「ああ、そうだ。この選定が終わればあんたは何もかも忘れるぜ。残念ながらそういう風にできてるんだ」
    「……構わないさ」
    『私』は最後の卵を手に取った。
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