• 返信先: @QySr3Gさん 醜美というのは確かに一目で分かりやすい基準ですが、
    顔が美しいというのは生存確率を上げる一つの価値に過ぎないので、それだけでは生き残れないからでしょうね。
    石器時代ならとにかくマンモス狩れるゴリラみたいな方がモテて遺伝子が残ったろうし、
    弥生時代以降、地位やら身分やら支配制度が出て来ると顔がどうとか置いといて、
    いかに権力を持つか保つか拡げるかみたいなとこで結婚して子供産んでみたいのもあるし。
    生存本能として子供を残すのにも、何を魅力と思うかって色々でしょう。
    子供を残したくても残せない人も居るし。
    生物学的にも生存確率を上げるために自分にないDNAを持ってる人に惹かれるという話もありますし、
    同じような顔ってことは同じような遺伝子しか残らないんで多様性がなくなり病気なんかで全滅したりするリスクが出て来きます。
    顔が悪いけど身体が丈夫とか、妊娠しやすいとか、好みを置いといて生物としてのアドバンテージで無意識に惹かれることもあります。
    勿論、性格や価値観、能力等の内面的な部分も無視できません。
    世界一醜い女性と言われたグレース・マクダニエルは良い例かもですね。

    そもそもの醜美の基準も時代や国によって、なんなら人によって変わりますから
    全く当てになりません。
    人生の価値を美しさだけで良し悪しどうにか出来るとするのはちょっと勿体無いような気がします。
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