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  • スレ主(J97hPy)12月1日
    AセクAロマ当事者が自分の指向を「パートナーができれば、被害の予後がいい」みたいなこと言われずに被害について相談できるように、セイ暴力について勉強中なんだけど、学べば学ぶほど「日本で恋愛と呼ばれているものの大半は、セイ暴力の正当化なんじゃないか?」という気持ちになる
    まあ去年から法律が変わったので社会の意識も変わりつつあるけど、でもそういう被害後の支援も異性愛者を前提としてるよね?というのは至る所で感じる
    「被害の予後がいい=世間一般の『普通』の状態になる」ではなく、「被害の予後がいい=セイ的な恋愛的なことに関係なく、自分の人生は自分で決めていいのだと、自己決定権を回復すること」だという意識を世間には持ってほしい
    被害からの回復をしても、他の自分の根幹を否定されると結局また傷つくんですよ