• 近所に住んでいた無口な女を、私たちは魔女と呼んでいた。
    魔女は美しい容貌で、毎朝集まって登校する私たちのことを、二階の窓からいつも眺めていた。誰かがふざけて手を振ると、魔女はうっすらと微笑んで手を振り返した。袖口からちらりと覗く手首は、小学生だった私の目から見ても、病的なほど細かった。
    中学、高校と上がり付き合う仲間が変わってしまえば、もう誰も魔女の話などしなくなった。魔女もほとんど姿を見せず、部活動で帰りが遅くなった夜に魔女の家の二階を盗み見ても、そこにはただぽっかりと暗い闇があるだけだった。
    それから十年近く。慌ただしい日々の中で魔女のことなどすっかり忘れたまま、幼い娘を連れて実家に帰省した朝だった。玄関先で遊んでいた娘が、ひどく興奮した様子で家の中に駆け込んできた。
    「あのね、魔女のお姉さんがいたの!」
    私はあわてて外へ出た。唾を飲みこんで魔女の家の二階の窓を見上げると、見覚えのある女が、闇を背に微笑んで手を振っていた。