• y9kHXg5月6日
    町の古い時計店「月影」店主の宗次郎は、老いた手で懐中時計を磨いていた。風が窓を叩く晩秋、店の扉がチリンと鳴り、青年の亮が入ってきた。

    「じいちゃん、これ…直せる?」

    亮は傷だらけの時計を差し出した。宗次郎の目が細まる。それは亮の祖父で宗次郎の戦友、健一の形見だった。

    「預けておけ」宗次郎は静かに頷いた。

    夜、宗次郎は時計を分解した。錆びた歯車、止まったゼンマイ。戦場での健一の笑顔が蘇る。

    「宗次郎、生きて帰ったら、酒を飲もう」

    だが、健一は帰らなかった。宗次郎は歯車を磨き、時を呼び戻すように手を動かした。

    翌朝、亮が店に来ると、時計は軽やかに時を刻んでいた。

    「すげえ…! じいちゃん、ありがとう!」
    亮の笑顔に、宗次郎は目を潤ませた。

    「健一の魂が、そこにあるよ」
    亮は時計を握り、焼け野原へ走る。
    祖父の声が聞こえた気がした。

    宗次郎は店で一人、健一の写真を見つめた。
    「約束、守ったぞ」
    時計の秒針が、静かに響いた。
  • スレ主(y9kHXg)5月6日
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    町の片隅、細い路地にひっそりと佇む「月影時計店」古びた木の看板が軋む音が、風に混じる。店主は、老時計職人の宗次郎だ。六十歳を過ぎた宗次郎は、細い銀縁眼鏡の奥でいつも穏やかな微笑みを浮かべている。店内は、壁一面に掛けられた時計の秒針が刻む音と、時折響くカッコウ時計の鳴き声だけが響く静かな空間だ。

    五月のゴールデンウィーク、町は観光客で賑わっていたが、宗次郎の店はひっそりとしていた。彼はいつものように、カウンターで懐中時計の修理に没頭していた。歯車を慎重に調整し、時を刻む命を吹き込む。その手は、まるで時間を操る魔法使いのようだ。
  • スレ主(y9kHXg)5月6日
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    ある日の昼下がり、店の扉がチリンと鳴り若い女性が入ってきた。都会的な雰囲気の彼女は、緊張した面持ちで小さな木箱を差し出す。
    「これ…祖父の懐中時計なんです。動かなくなっちゃって。直せますか?」
    宗次郎は箱を開け、傷だらけの銀の懐中時計を取り出した。蓋には、かすれた「K.T. 1945」の刻印。第二次大戦の頃のものだろう。彼は静かに頷いた。
    「預からせてください。命を吹き込めるか、試してみましょう」

    女性、彩乃は地元出身だが東京で働くOLだ。ゴールデンウィークで実家に帰省し、祖父の遺品を見つけたのだという。「祖父は戦争に行った人で…この時計、大事にしてたみたいなんです」と、彼女は話した。

    その夜、宗次郎は時計を分解した。錆びついた歯車、止まったゼンマイ。だが、彼の目は輝いていた。時計は単なる機械ではない。持ち主の人生を刻む、物語の器だ。宗次郎は丁寧に錆を落とし、歯車を磨き、ゼンマイを巻き直した。作業は朝まで続いた。
  • スレ主(y9kHXg)5月6日
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    翌日、彩乃が店を訪れると、宗次郎は微笑んで時計を手渡した。蓋を開けると、秒針が軽やかに動いている。彩乃の目が潤んだ。

    「すごい…! こんなに綺麗になるなんて…」
    宗次郎は静かに言った。
    「この時計は、戦場をくぐり抜けたもの。持ち主の想いが、時を超えてここにある」

    彩乃は時計を握りしめ、ふと尋ねた。
    「どうして、こんな小さな店で、こんなすごいことができるんですか?」

    宗次郎は窓の外、港の海を見つめた。
    「若い頃、時計はただの道具だと思ってた。だが、歳を取ってわかった。時計は人の人生を刻むものだ。それを動かすのは、職人の誇りさ」

    彩乃は深く頷き、時計を胸に抱いた。

    「この時計、娘にも伝えたいです。ありがとう、おじいさん」
    宗次郎は笑った。
    「おじいさん、か。いい響きだな」
  • スレ主(y9kHXg)5月6日
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    店を出た彩乃は、港の風に吹かれながら時計を見つめた。1945年から2025年へ。祖父の時間が、彼女の時間と繋がった。

    その夜、宗次郎は店を閉め、店の奥で古い時計を手に取った。妻の形見だ。秒針は止まっているが、彼にはその音が聞こえる。妻の笑顔、共に過ごした時。「お前も、動いてるよ」と呟き、彼はそっと時計を仕舞った。

    月影時計店は今日も静かに時を刻む。宗次郎の手で、誰かの物語がまた動き出すのを待っている。