OK
  • 私は希死念慮とかに対して特別視することが薄くて「何でかな?」とずっと思っていた。
    最近、一般の人は幼少期に「死ぬかもしれない」って恐怖を味わってないのだということをやっと理解した。

    私にとって死って身近にあり、絶望であり、希望である存在だった。
    そして、ガチで「生きてさえ居られれば良い」という結論に至り、生きる気力のほぼ全てを失ったこともある。

    なので、世の中の人がよく投げかける「生きてさえ居れば良いことがある」というのがマジで分からなかったのだ。
    しかし、彼らの常識は生きてる前提があるのが当たり前だ。その延長線上で「何かが欲しい」とか、「嬉しい」とか、そういうのも当たり前に起こるものと思っている。
    「生きる」ことより「何かが欲しい」「嬉しい」が後ろに行ったことが一度もないのだ。

    彼らは「生きてさえ居られれば良い」で生きるとどうなるのかを知らないから、簡単に投げかけていたのだ。

    というのを最近やっと分かった。
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