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自分は小学校低学年の時、いZiめの一環としての被害を受けた
中高大は幸いそんなことなかったけど、被害後からずっと「自分の体はサンドバッグ」という感覚が消えなかったし、本当にちょっとしたことで「もういいや、やっぱり本当は自分はしんだほうがいい存在なんだ、だからあんな目にもあったんだ」とか「はっきり抵抗が出来なかった自分は卑怯者、もう2度と間違えてはいけないから完璧でいないといけない」と思ったりしてた
今となってはそういう感情についてカウンセリングにかかるとかすればよかったんだろうなと思うんだけど、言えなかったんだよね 人に弱みを話すことは恥ずかしいことだと思ってたし、攻撃されるに違いないと思ってたから -
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でも言えないからと言ってそういう感情が消えるわけじゃないし、自尊心を回復するための手段として物に頼るようになって、買い物依存症になってしまった
物はこちらが傷つくようなことを言わないし、買った時の高揚感で自分の欠落を埋められた気がしてたんだよね 実際は何も埋まってないんだけど
自分の場合は本当にまずいことになる前に踏みとどまれたけど、そうじゃない場合もたくさんあるんじゃないだろうか
セイ被害にあった人は「被害に遭う前も、被害にあった後も、一部の隙もなく可哀想で、誰からどう見ても助けたくなるような存在でいないと駄目」みたいな目に晒されることが多いから -
思い当たる節があるので書くけど、被害状況に触れているので返信欄に記載する