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費やした時間やお金が大きいほど、推しから切り崩した自分の人生の代償を見返りとして欲しくなっていくんじゃないかと思う
興行収入やランキングとか一目でパッとみてわかりやすいものが持て囃されるのは、そういう数字が「認めている人間の多さ」であり「認めている人間が多い推しを好きな自分は、推しを通じて多くの人から認められている、推しをここまで大きくしたのは自分だから」みたいな錯覚を呼びやすいからじゃないかな
推しに自分の全部をのっけてんの
だから今のオタク界隈は、全体的に不健全な感じが漂ってる気がする -
人間は生きてるとどうしても「こうありたい理想の自分」や「こうあらなくてはいけない義務の自分」が発生してきて、そういうものに「無理してない素の自分」が圧迫される感じが出てくる
本当はそういうものと折り合っていいバランスを見つけていくのが人生だとは思うんだけど、それをやるには疲れすぎててなーんもできない!になりがちなのが現代社会で、でそうなればなるほど「自分をやめたい」になっていく
でそれがさらに行き過ぎると「いかに自分をやめられる時間を確保するか」になってくるので、「お金を限界まで出す」にシフトしていく
更に廃課金をして仲間内からそれを賞賛されると「現実の自分をやめられている上に褒められる(=苦痛なく報酬を手に入れられる)」になり、どんどんのめり込み……になってるのが今のオタク界隈のように思う
でもそれは結局自分の人生を切り崩している行為に変わりないから、