• 「にゃあ」
    野良猫と目が合った。
    とある路地の片隅。この猫は決まってそこに現れる。恐らくその周辺が縄張りなのだろう。
    通勤で通る道だからほとんど顔なじみだ。
    向こうが僕を覚えているかは分からないが、僕にとってはちょっとした楽しみになっている。
    今日も会えるかと密かに期待していると、やっぱり猫はそこにいた。

    猫という生き物は時折どこを見つめているのか分からない顔をする。

    僕は勝手に目が合ったと思っていたが、どうやら違ったらしい。
    僕を見ているようで見ていない。
    もっと遥か先を見越しているような目だ。
    猫には一体何が見えているのだろう。
    考えると少しだけ怖くなった。
    心の醜い部分を見透かされたような気分になったからだ。

    人には誰しも本音と建前がある。
    この猫には見えたのだろうか、人には見せない僕の心の本音の部分が。
    「まさかな」
    猫は自由な生き物だ。たぶん人間のように本音や建前なんてない。
    「僕に呆れたか?」
    「にゃあ」
    人の心を知ってか知らずか、猫は大きく欠伸をした。