OK
  • 返信先: @自分 なんで苦しくなるのかずっと考えてたのだけど

    「人によって自分の持ってる「普通」が違うのは当たり前」

    「(今回の例だと)男女恋愛だけを普通、ノーマルだと思ってる人そのものは否定したくはない」

    「でもそれだけを「普通」と言われたら恋愛そのものが縁遠い私みたいな人間は常にセットで「普通じゃない」と言われてる気持ちになるので出来れば言い替えて欲しくてもやもやする」

    「でもこれ向こうからしたら「言い替えろ」とされること自体が「お前は普通じゃないからやめろ」って否定の言葉に聞こえてるのか、だからうざく感じるのか」

    って考えると、人そのものを否定したいわけじゃないのと、でもできれば言い替えてほしい、が両立難しくてどっちかを取ればどっちかは……って自分の心が身動き取れなくなるから苦しいんだなってここで書いてて気持ちの整理がつきました
    これは私は今後ずっと苦しむ
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  • 返信先: @yPnVz2さん わかると同時に自分も何にモヤモヤしていたのかわかってなるほどなとなった
    多分世の中には普通にも2種類あって(いわゆる世の中のスタンダードと、その人の中での「これが自分にとって普通の状態」であること)、これは元々混合されやすいんだと思う
    例えば「目玉焼きには塩が普通」というのが世の中のスタンダードで、自分も「目玉焼きには塩が普通」だとする、でもこれはたまたま自分と世の中の普通が一致しただけの話であって、別に自分の普通が世の普通として認められたわけではない
    けど世の中には一定数「自分の普通が世の普通」と誤認する層がいて、それが指向の話になると余計に混合されやすいのかもしれない 
    だから今LGBTQ+の過渡期で世の中の普通は変わりつつあるけど、自分の普通を変えていく人と変えない人がいるんだろうなとも思う
    なので自分はもう「うざい」とかオープンに言う人は瞬時に心の中でシャッター降ろして距離取ってしまうけど、なかなか難しいよね……