• 戸口で物音が聞こえた。
    反射的に時計を見ては「もうそんな時間か」と呟くと、私は机の前に胡座をかき、いかにもといった様子で頭を抱えて、その肘を白紙の原稿用紙の上に乗せた。
    仕事終わりの礼子さんは「ただいま」と私を一瞥することもなく言い放ち、冷蔵庫を開ける。
    「……あぁ、おかえり。」
    私は今まさに君のせいで集中が途絶えたのだぞ、と言わんばかりにぶっきらぼうな言い方で返した。そんなことはお構い無しに彼女は聞いてくる。
    「さァて、今日はどこまで進んだのやら。やっと一人目の犠牲者でも出たかしら。」
    「探偵モノはやめたと言っただろう。」
    彼女は私の筆が進んでいないことなぞは承知の上で聞いてくるのだ。私もそれを承知の上で応えるのだ。
    そうして彼女は遅めの夕食を作り始める。
    私はラジオをつけて天気予報に耳を傾ける。

    怠惰と焦燥の鬩ぎ合い、私と礼子さんの駆け引き。
    この何とも所在無い情熱的な日々が、一体いつまで続くのであろうか。

    窓の外からは雨音の他には何も聞こえない。
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