• 牛の王が北の草原から一族を連れて村に来てから一年以上が経つ。村人は最初戸惑っていたが、牛の一族もとくに悪さをするわけでもないので、だんだんと気にしなくなった。牛の王も、なにも威張り散らすことなく、ただ黙々と空き地の草などを食むばかりだった。こどもたちは、牛たちに石を投げたり、水をかけたり、そんな悪戯をしたりもする。それでも牛たちは、しっぽを振るくらいで、とくに反応しない。こどもたちもすぐに飽きて、それぞれの遊び場に戻っていった。
    ある日、牛の王が村長に「西の親族を連れてきてもいいか」と尋ねた。
    村長は「べつに構わんが、増え過ぎたらあんたらにはこの村が狭くなるんじゃないかね」と答えた。
    「そうか」と牛の王。
    翌朝、村からは一頭の牛もいなくなっていた。牛たちは北の草原に帰ったという者もいれば、べつの村に向かったという者もいる。だれも牛たちの行方を知らない。村人たちは、牛なんてもとから来なかったのように、生活に、戻る。