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AセクAロマったー

2022年6月4日に作成
無性愛者故に思う事を書き込める場所です。
原則として【アセクシャル・アロマンティック・その両方】のいずれかに該当する当事者のみが書き込めます。
当事者ではないが理解を深めたいという方、該当するか悩んでいる方等からの肯定的な内容であれば歓迎する方針です。

愚痴も書き込めますが、他のセクシャリティ全体を貶すような差別的な内容は控えてください。(例:異性愛者は全員気持ち悪いから氏んでほしい等)

共感し合う場として設けています。共感できない内容や、当事者以外からの否定的な書き込みには反論せず非表示をお願いします。
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  • 魔法を使えない人でも魔法使いが出る作品を読んだり書いたりすることができるように
    AセクやAロマの人でも「恋愛はファンタジー」と割り切って恋愛ものを読んだり書いたりすることができるものと個人的には思っている

    もっとも私の場合、小説なら問題はないけど絵とか映像とかでキスシーンが出てくるのが苦手(そもそも恋愛ものもそこまで好きじゃないけど……)
    文字情報だけか映像情報も入るかの違いだとは思う
    こんな感じで、ひとこと「恋愛もの」といってもどういう恋愛ならではのシーンが出てくるのかとか、媒体はなんなのかで受け入れやすさが変わるのかもしれない
  • Aセクだからか異性と恋愛しようとも思わないし、世間の30超えて結婚してないとおかしい異常者扱いも感覚で理解出来なかった。
  • 自分が他人と恋愛したいとは思わないし、他人と他人の恋愛にも基本的に興味がないタイプなんだけど
    ただ今まで色々創作物に触れてきて、恋愛作品と言われるものにもジャンルが色々あるから見れるやつと見れないやつがあるなとは思う
    個人的にはメインのキャラクターがちゃんとしっかり話し合ったり心理描写が繊細で丁寧な作品が好きなので、そういう作品が恋愛ものだったりした時は「なるほどそういう関係性がこの2人にとっては幸せなんだな」と思って納得しながら読んでる感じ
    なので「自分の性的指向」「他人と他人の恋愛に対しての興味の有無」「自分がどういう作品の傾向を好むか」は全部別々に存在していていいというか、それが自然かな〜と思ってる
  • Aセクは自分が他人と性的な接触をしたくない
    Aロマは自分が他人に恋愛感情を抱かない
    だから、AセクAロマでも恋愛作品普通に好きでも定義から外れていないように思う
    作品に描かれているのは他人と他人の恋愛・性愛関係なので……例えば舞台を客席から見るのは好きだけど、自分が舞台に上がって演技したいわけじゃないのは両立するからそんな感じかなと思ってる 自分は
  • 自分がAセクAロマなんじゃないかと長年悩んでるけど、恋愛ものは作品として好きで楽しめるのでよく分からない
    そういう人もいるって書かれたりしてるけど、実際どうなんだろうか
  • 久しぶりの同級生との飲み会、恋愛話になった時に「次は(主)の番だね」って言われた。いや、どうでもいい〜、めちゃくちゃどうでもいい番だわ。でも話盛り下げたくなくて適当に笑ってたけど、きついもんはきついわ〜
  • とても大事な相手から「あなたのことが大好き」と言われ、その言葉を嬉しく思いながら信じていたら実はそれが嘘だった時、物凄いショックを受けるし悲しい→分かる
    とても大事な相手から「あなたのことが大好き」と言われ、その言葉を嬉しく思いながら信じていたある日、自分以外の誰かに同じことを言っていて滅茶苦茶嫉妬する→分からない

    なんだけど、なかなか理解されない 自分は性的表現と愛情が合致しないなと思ってたんだけど、独占欲と愛情も一致してないから恋愛がよく分からない概念なのかなと思ったりもする
  • 「男女間に友情は存在するのか」「男と女の間には何が起こるか分からない」みたいな言葉昔から存在するけど、あれも男女間の恋愛至上主義な言葉だよなとか思っちゃう
    いやあるよ恋愛以外の感情 存在はするけど社会的な構造が恋愛至上主義だから見えにくいだけだよ 誰でも男や女であることが自分の大部分を占めているわけじゃないし、何をどう考えてどう感じるか、いわゆる恋愛や友情に繋がる心のあり方はその人がしてきた経験にもよるところもあるんだから 
  • 女の友情のマンガ作品が読めるtogetterのまとめがあって、そこのコメントに「最後に百合になる作品が最近多いから裏切られなくてよかった」とかそんな旨のコメントがあるのを見て、これが男女の友情じゃなくて恋愛になるやつだったら裏切られたとかそれほど言われないんだろうなとか色々考えちゃって、Aロマの自分は誰かを恋愛的に好きになるスタートラインにすら立てないことに思考が及んでキツイ
  • 才能があってそれで開花していても、それがテレビに取り上げられたりジャンルによっては人間国宝やら受賞レベルじゃないとまともな評価を受けない。
    でも子供を産みさえすればかなり環境最悪な質の悪い家庭になってる人でさえ世間では最低限の評価が得られる。
    極端な言い分だけども、恋愛と家庭至上主義みたいな文化って才能に恵まれなかった人をヨシヨシする為のシステム感あるよね。

    「世の中にはすごい人がいるけどでも自分は家庭を持ったし!」という安心感の為に、結婚に興味がない人までがする結果が離婚や破綻の数に出ている。

    本当に本気で相手を好きで結婚しますって人だけが家庭を持つ世界なら、既婚者って今ほど沢山いないんじゃないかな。
  • 昔仲の良かった友達(同性)との関係性を「いつ付き合うの?」とかからかわれたことあったし、その度に笑って否定してたんだけど、内心「いや付き合うって何?そもそも仮に私が本当にあの子に対して恋愛的な感情を持っていたとしても、別にこのまま過ごすことが楽しいし幸せだからこのままの関係で良いじゃん。恋愛的な感情を一度持ったら友人関係をやめて絶対に恋人として付き合わなきゃいけないの?それが一部の人の幸せだというならわかるけど、全人類の幸せみたいに言われるのって違くない?」ってものすごい違和感あったの思い出した
    結婚にしろ恋愛にしろ、大事な相手との関係性が友情から変わることが必ずしも幸せに繋がるわけじゃないのよね 幸せの形はマジで人それぞれなんで……
  • 友人とかから結婚して子供生まれたりしてるの聞くとおめでたい!って気持ちにはなれるのにそれが自分に「じゃあ君はいつ?」的な振られ方すると途端に祝う気持ちも萎むからそういう受け答えというか流れが廃れてくれんかなと思う
  • そういや学生だった頃、友人から貸されたファンタジー系の少女漫画でヒロインの相手(でいいのかな?)が何か人命救助のためにモブの女性と致さなくちゃいけなくなったみたいなシーンがあって「つまり人工呼吸みたいなもんか、まあ浮気じゃないから倫理的に問題ないんじゃないか。命には代えられないし」と思って読んでたらヒロインが「私じゃない人が彼とするなんて絶対嫌」って泣いてて心底ポカーンとしたことがある
    あの時は「いやお前それで助かる命が失われていいの?自分のことしか考えてないの酷くない?」とドン引きしてしまったんだが、その友人には全然理解されなかったんだよな……恋愛って分からんなとその時から思ったけど、今にして思えばあれは愛情と性がセットになってるタイプの人向けだったんだろうなって
  • そろそろ人間が増える以外の生産性にも着目されたっていいんじゃないだろうかと思う。恋愛でなくとも、愛情の存在する関係は素晴らしいと思うしそういった関係を他者と共有できる人は見えないだけでいろんなことに寄与していると思うんだよなぁ。
  • そうなんだよなあ……前に公式で滅茶苦茶仲が良いキャラに対して「恋愛じゃないのにすごい、これで付き合ってないのやばい」と言われてるのを見て「いや何でだよ別に恋愛じゃなくたって一緒にいたっていいし、やばくもなんともないだろ……人が人を尊重して長い時間一緒にいられることは素敵なことである、そこに関連する感情が恋愛か親愛かの違いがあるだけで貴賎はないだろ」と思ってしまった
    まあこれに関しては「ヘテロの恋愛=結婚=子供が生まれる=生産性があって素晴らしい=唯一無二の特別な感情」みたいな図式が一昔前は表立って存在していたように思うし、その名残かもしれないけど……同性愛は生産性がないから不毛みたいなこと昔は滅茶苦茶言われてたのもこの理屈じゃないかと正直思う 
    でもそういう生産性とか抜きで他者と関わっても生きていけるのが、人間の獲得してきた尊厳じゃないかと思うから、そろそろ「恋愛に限らず愛情は素晴らしい」に社会がシフトして欲しいなとも思ってる
  • 未経験のままアラサーになったけど無性愛者だから当たり前か!ガハハ
    自主的に誰かと致すなんて絶対ないし、男に襲われて強制的にって可能性のほうが遥かに高いね。
    まぁ襲われたら相手が逃げるかこっちが氏ぬまで抵抗するつもりで生きてるけどね。氏んだ後は知らん。
    とにかく生きてる間にぶち込まれたくないんだわ。
  • 前の皆さんの話を受けて
    「運命の相手」っていっても恋愛・性愛の対象以外は勘定に入らないのか
    数十年お付き合いできる無二の親友とかじゃいかんのかと思ってしまう
    別に二者の友好的な関係性の土台として友情や親愛は恋愛・性愛に劣るというわけではないだろうに
  • 個人的に何となくの体感だけど、運命の相手って
    「自分が特定の相手に好感を持っている+その特定の相手も自分に好感を持ってくれる=嬉しい」の方程式があるとして、それが永遠に続くような関係性を指してるように聞こえる
    でも実際は「永遠に続けばいいのに」って願うこと自体はあくまで自分の感情であって、相手もそうだと限らないのに「運命の相手だから」対話しなくても自分とそういう感情が同じだと思い込んでる感じが、何だかなあ……それって運命と言う単語で、自分と他人の境界ラインを無茶苦茶にしてるのとどう違うの?自分の運命と思うほどの相手を大切にしてると言えるの?と思ってしまって、創作物の中でならそこまで気にならないんだけど(大体運命という単語を使われる一組の存在は相手に対する感情が変わらないし対話もきっちりするから)現実で耳にすると何とも言えない気持ちになる
  • 正直「運命の相手に出会ってないだけ」という言葉は「恋愛・性愛的に好き合う相手がいないと幸せになれない」という社会的な圧を裏返した響きに聞こえる 
    だからアセクという言葉を知る前は「そうなのかな」と思ってた
    でも今となっては「恋愛・性愛的な運命の相手がいなくても、自分の心を偽らずに生きることが幸せ」と思ってるしそれで満足してるから、人生に何かが欠けてるわけでもないんだよね マジで
  • 「運命の相手に出会ってないだけだよ!」ってたまに言われるんだけど、それって例えば異性/同性愛者に「運命の同性/異性と出会ってないだけだよ!」って言うようなものなんだよな。そういう感情が無いったら無いのじゃ。