• 返信先: @自分 参考:
    岩の神について……
    私は神々を裁く、これは何者にも変えられない。岩の大権を勝ち取った貴金の神も、当然ながら裁かれる側だ。もし、我らの争いを見たくない者がいたとしても、心配する必要はない。私はまだ、フォンテーヌに居続ける必要がある。その訪れが四百年以上先になることだってあり得るだろう。それに最終的な裁決が、必ずしも武力戦争に繋がるとは限らない。

    風の神について……
    たとえ天地がひっくり返ろうとも、七神に対する私の裁きを止めることはできない。そよ風と希望の神は風の大権を得たが、彼もまた審判を受ける必要がある.…..ほとんどただの酔っぱらいで、もう危険性はない、と?ふむ、まずは会ってみなければな。

    雷の神について……
    龍の力をすべて取り戻した生き残りとして、たとえ一切の海水が天に逆行させられようとも、私は「誓い」と「責任」を果たさなければならない。鳴神は雷の大権を勝ち取ったゆえ、僭主の列に名を刻むことになる。ふむ…..彼女は今、一心浄土に閉じこもっていて、滅多に姿を現さないと?では、数百年後に会いに行ってみるとしよう。

    草の神について……
    たとえ将来、彼女を審判する日が訪れようとも、草木の神が持つ責任感は認めよう。この世に完璧な人間や事柄はほぼ存在し得ない。だが、あの神の「傾倒」と「寵愛」は、責任を担う者が前へと進み続けてきたことを証明している。彼女は約五百年もの間、冷遇され続けたと聞いた。彼女が置かれてきた環境は実に遺憾に思う。
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