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  • スレ主(uhSvkv)2月2日
    私の名前を知って(シャネル・ミラー著)
    こちらはスタンフォード大学で起きたセイ被害の被害者が事件発生後から裁判での有罪判決が出るまでの手記
    被害の影響がいかに人生を破壊するか、詳細に記載されている
    特に序盤は被害を受けた直後の状態(身近な人がショックを受けた時の反応や、ネットニュースについた二次加害のコメントの反応も含め)が非常に生々しい 被害にあった人がある人がこの本を読んだら、フラッシュバックを起こす可能性もあると思うくらいには
    なのでどちらかと言えば、身近に被害にあったけどどう接したらいいかわからなかったり、セイ被害が人生に及ぼす影響とは何か?について知りたい人の方がお勧めではあるかもしれない
    被害を受けたことがある人が読むなら、自分の被害について向きあいたい時がお勧めかなと思う(続)
  • スレ主(uhSvkv)2月2日
    返信先: @自分 本当に被害者の心理が克明にわかるし、かつて被害を受けた身としても共感できるところがたくさんある
    特に「被害者の存在意義は、感動的な物語になること。被害者は社会にそう求められて生きている。それでも、『私たちはここにいる』と伝えるのが精いっぱいな時もあるし、それだけで十分なはずだ」という一文にすごく頷いた
    ただ一つ言うなら、作中でセイ行為をすることは普通で体に意義があることのような記述があるんだけど、個人的に他人とセイ行為をする(もしくはしたがる)のは別に自然なこととは思わないし、そうすることが自分の体にとって意義があることとは思えない
    ただでさえ日本では「被害後に行為ができるようになる=被害から立ち直った」みたいな見方をされやすく、そうしないと「いつまでも被害を引きずっている弱い人間」という目で見られやすい、つまり世間からプレッシャーをかけられやすいから(続)
  • スレ主(uhSvkv)2月2日
    返信先: @自分 セイ被害が人生から奪うものは「人生の自己決定権」、つまり「物事をどうしたいか自分で決めること」なので、回復というものがあるのだとしたら「行為をしたいかしたくないか自分の意思で決めること」なんだと思う
    「本当は行為をしたくないけど、周りからやることを期待されてるから、期待に応えるために頑張ったらできるようになった」のではなくて