• ルマンドを焼き、次はブルボンの女になろう。
    かつてのババアは、一度はそう信じていた。小さな日本で、小さなお菓子を焼き続けるさだめが、自分の天職で、正しいレールだと。
    ババアはお菓子が好きだった。それで日銭を稼いで、たまに後世に知恵を授ける。地に足のついた幸せじゃないか。これで十分だと頭では思っていた。
    だが、すべてを投げ出してババアは苛烈な世界に来た。どうだろう。駆け出した細い脚は意外にもまだ元気で軽かった。赤いとんぼ玉のついた簪をはずし、傷んだ髪を振り乱して走り出した。私は自由だ。

    気がかりなのは、「化学調味料無添加」の右上にいた、飼い猫だ。あの子は、どうしただろう。新しいババアに愛してもらえるのだろうか。