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毒親もちによる毒親もちのためのぐちったー
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I2JvdM2023年11月26日ちょっとかなり長いからさげ -
返信の受付は終了いたしました。
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あの大人たちは自分の「人生」で一杯のようで、ちゃんと結婚してちゃんと子供を育てて、の付属物として最低限の衣食住は与えられていた。
大人たちは事務的な会話に終止したので、私もテストで良い点数が取れた時ぐらいしか能動的に話さなかった。「小学校のテストなんて100点で当たり前」らしいので、口数はまた減った。 -
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2つ下の上妹は私を反面教師に上手くやった。あの女性は自分が妹か娘になったかのように妹にベタベタ甘えた。どうして私にはやらないのと訪ねたことがある。「だって話しかけにくいもん」と女性は無邪気に笑った。
男性の方に関しても気まぐれに構うのみであり、特に言うことはなかった。あの頃から私は諦めていたのだと思う。 -
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あれらは元々夫婦など、両親など勤まらないものだったのに、時代の流れとして結婚してしまったのは気の毒だとおもう。
私はあれらにかかわる価値を見出していないし、上妹も結婚しないと宣言して仕事に明け暮れている。下妹もおそらく『普通に子供を産む』範疇ではしないだろう。 -
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住所も教えず遠くへ越し、恨みつらみを繰り返し書きなぐり、泣く回数もやっと減ってきたように思う。
それでも先日、アドベントカレンダーなど送ろうかと思ってしまった。かろうじて繫がっているLINEのよそよそしい一言とスタンプでなく、声が聞きたいなんて電話が掛かってきやしないかと期待した。
贈れば何かを贈り返してくるだろう、でもそれだけだ。あの人たちも持っていない暖かいものを強請ることを止めるまで、私はこうやって書き綴るのだろう。 -