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毒親もちによる毒親もちのためのぐちったー

2022年6月3日に作成 #愚痴
毒母親、毒父親のことで悩んでいるみんなの愚痴吐き場、毒親関連の雑談場です
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  • 毒親から追い出されて一人暮らし始めてしばらくすると妹が結婚した
    結婚式には呼ばれてた
    結婚式の前々日の真夜中過ぎ母親から電話があって何事かと思えば
    私(母親)を差し置いて幸せになるなんて絶対に許せないだの結婚式潰してやるだの相変わらずの愚痴
    思わず本人に言えば?と返すと妹ちゃんには嫌われたくないから言えないと言う
    それも本当の理由なんだろうけど本当は私に言ってたんだと思う
    母親や父方の伯母たちは私が幸せになることを凄く嫌がってたからそう感じた
  • 父親が完全な無干渉、無視してくるかDVの家で母親が超過干渉ヘリコプターなのは巷に溢れてそうだな。愚痴のゴミ箱にされてさ。いざという時こっちの話は聞いてもらえずで結婚なんかしたいとも思わないし子供を持つことすら可哀想に思う。
  • 今朝いきなり人の話し方がどうだとか声がどうとか難癖つけはじめてきた毒母親
    マジで頭きたからそれなら会話するのやめるわって言ってやった
    話し方が云々は今まで言って来なかった癖に
    本当難癖つけたいがためにそこまでいくとか、なら産まなければよかったのでは?ってのも言ってやればよかったかな、何十年と娘にした仕打ちが今返ってきてると思わないなら終わってるよ
  • よく子供がリビングしか寝る場がないと分かっていながら親2人とも喧嘩したりベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラ喋れるよな
    少しは気遣うってことができないのか?こっちは耳栓したり動画聞いて凌いできたんだよ
    ほんとにまともな環境も与えられない気遣えないなら最初から子なんて作るな
    私も生まれてこない方が幸せだったわ
  • 母親、重大インシデントも愚痴もお気持ちも全部同じ語り口で喋り始めるからすべて聞かなきゃ判別ができなくて本当にしんどい
    結論から言えと言っても言えないし、下らない話は聞かないと言うと物事の大小の判別が付かないから愚痴の方を喋って重要な方を言わなかったりするからもう最悪
    なんであんなに頭が悪いんだ…
  • 子供の頃から母親カットヘアーにアウトレットか古着のすれた男の子服でお前はお金がかかってると言われてたから家が貧しい気がしてたけどこの間実家から汚く収納された何十万の有名ブランド鞄、靴、服達がわらわらでてきていきなり「あんたも大人なんだからこれくらい着なさいよ笑」とか言われて改めて親が子育てしてる間も「女」を最優先していたことを実感
  • なんか久しぶりに実の両親を自分の部屋にあげたんだけど、入って5分で繰り広げられた会話に耐えられなくて、即座にワイヤレスイヤホンして音楽流したよね
    もう常に耳に音楽流しながら生きていたい、身内を含めあらゆる対人関係を上の空でやり過ごしたい
  • より感情的になって相手にストレスを与えた方が勝ちっていうカスみたいな家庭で育った。
    話し合いとか存在しない。
  • ○○ちゃんみたいにやりなさいとかこういう子になって欲しいとかことある事にあんたにはこれが欠けてるとか。物心ついた頃からありのままを認められたこと無く、ずっと自分は誰か別の人にならないとここに居てはいけない、自分は何かがオカシイんだと脅迫観念があった。いまでも在り方を矯正できないでいる
  • 家族さー三人しかいないのに互いに互いを馬鹿にしあって暮らしてたの、本当にどうかしてる
    そしてこれ、子供のせいじゃないよね。子供が親を馬鹿にし始めたとしてもまともな親ならそれなりにたしなめるのが先で、それに乗ってバカにするわけないでしょ
  • 「誰のおかげでこの家に住めおっとや!!」の言葉とともに暴力を振るってきた父が指定難病になった途端に私ら他の家族に頭下げて物事頼むようになりました。その度に私は心の中で中指を立て親指を下げています。
    「俺の病気は治ることはないんだ!!」とも言われましたが正直「へえ。」以外の感想が出ません。
    私達が小さい頃あのような態度を改めていたらもう少しましな態度で接していたかもね。もう遅いけど。残り数十年をせいぜい楽しみなよ。
  • ずいぶん昔の話で今現在毒親に悩んでるわけじゃないんだけど、こんなことあったなぁという思い出
    まだひとりでお風呂に入れないぐらい小さかった頃、2日に1回しかシャンプーしてもらえなかった
    そんな頃、幼稚園で毛ジラミ?か何か流行してしまって、そこから毎日洗ってもらえるようになった(自分が伝染りたくないからだと思う)
    その後めんどくさくなったみたいで、自分でシャンプーしてもいいと言われるようになった
    少し悲しい自立の思い出
  • 馬鹿なのに生きる執着だけは強くてしぶといゴキブリみたいな人間の元に生まれたのが運の尽き
  • うざいなー母親の姉贔屓
    姉のことだけはいつもちゃん付け。
    何が贔屓してないだよ
    傷ついてるって言ってんのになんも変えようとしないのが答えだろうが
    それっぽっちも気遣えないなら子供なんて増やすな
  • 絶対父親みたいな人にはならないわ市ね
  • 母の私は世界で一番可哀想だけど本当は有能、偶々運がなくて進学できなかっただけで、お前は私のお陰でここまで来れただけの私以下、旦那は稼げはするが人格が私以下だから総合評価私以下雑に扱ってよし、舅は(以下略)という感覚が心底理解できず距離を取ったが何かの障害だろうか?兄妹も同じ節がある
    反面教師にした私はいわゆる避けるべき人も受け入れてしまい人間不信になってしまった
  • この年までどうやって生きてきたんだろうと思うような頼りない性格で
    「アンタはしっかり者だから」と嫌味半分で言われるけどそうならざるをえなかったんだ
  • みんな人前では良いことしか言わないのかもしれないけど
    家族がこうしてくれたとか親の立場の人は子どもに対する愛情が伝わる話だったり
    「みんな愛し愛されて生きてる」のを目の当たりにするとうらやましい
  • 私が少しでも「そういうことはやめてほしいかな…」とか言うと「ああ私は"毒親"だもんねぇ!?精神科いくべきだわね!」とヒスを起こす母と被害者ヅラだけ本当すごいねと話終わる前に半笑いで被せてくる妹にいつも気圧されて一人地元を出たんだけど、私の親がおかしいというのは中学高校大学と学校の先生、その場の友達に普通のこととして我が家を紹介してて言われてきたんだよね。
    多分そこで唯一心療内科に行く決断をして向き合ってる私はまだ認知の歪みを認識しているだけ少しマシなのかなと何度も繰り返される同じ話に疲れながら思う。もっと簡単に片付くと思っていた。子供の頃の傷は中々癒えなくて、歳をとるごとに誰にも言えなくなってつらい。