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毒親もちによる毒親もちのためのぐ...
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結婚式には呼ばれてた
結婚式の前々日の真夜中過ぎ母親から電話があって何事かと思えば
私(母親)を差し置いて幸せになるなんて絶対に許せないだの結婚式潰してやるだの相変わらずの愚痴
思わず本人に言えば?と返すと妹ちゃんには嫌われたくないから言えないと言う
それも本当の理由なんだろうけど本当は私に言ってたんだと思う
母親や父方の伯母たちは私が幸せになることを凄く嫌がってたからそう感じた
マジで頭きたからそれなら会話するのやめるわって言ってやった
話し方が云々は今まで言って来なかった癖に
本当難癖つけたいがためにそこまでいくとか、なら産まなければよかったのでは?ってのも言ってやればよかったかな、何十年と娘にした仕打ちが今返ってきてると思わないなら終わってるよ
少しは気遣うってことができないのか?こっちは耳栓したり動画聞いて凌いできたんだよ
ほんとにまともな環境も与えられない気遣えないなら最初から子なんて作るな
私も生まれてこない方が幸せだったわ
結論から言えと言っても言えないし、下らない話は聞かないと言うと物事の大小の判別が付かないから愚痴の方を喋って重要な方を言わなかったりするからもう最悪
なんであんなに頭が悪いんだ…
もう常に耳に音楽流しながら生きていたい、身内を含めあらゆる対人関係を上の空でやり過ごしたい
話し合いとか存在しない。
そしてこれ、子供のせいじゃないよね。子供が親を馬鹿にし始めたとしてもまともな親ならそれなりにたしなめるのが先で、それに乗ってバカにするわけないでしょ
「俺の病気は治ることはないんだ!!」とも言われましたが正直「へえ。」以外の感想が出ません。
私達が小さい頃あのような態度を改めていたらもう少しましな態度で接していたかもね。もう遅いけど。残り数十年をせいぜい楽しみなよ。
まだひとりでお風呂に入れないぐらい小さかった頃、2日に1回しかシャンプーしてもらえなかった
そんな頃、幼稚園で毛ジラミ?か何か流行してしまって、そこから毎日洗ってもらえるようになった(自分が伝染りたくないからだと思う)
その後めんどくさくなったみたいで、自分でシャンプーしてもいいと言われるようになった
少し悲しい自立の思い出
姉のことだけはいつもちゃん付け。
何が贔屓してないだよ
傷ついてるって言ってんのになんも変えようとしないのが答えだろうが
それっぽっちも気遣えないなら子供なんて増やすな
反面教師にした私はいわゆる避けるべき人も受け入れてしまい人間不信になってしまった
「アンタはしっかり者だから」と嫌味半分で言われるけどそうならざるをえなかったんだ
家族がこうしてくれたとか親の立場の人は子どもに対する愛情が伝わる話だったり
「みんな愛し愛されて生きてる」のを目の当たりにするとうらやましい
多分そこで唯一心療内科に行く決断をして向き合ってる私はまだ認知の歪みを認識しているだけ少しマシなのかなと何度も繰り返される同じ話に疲れながら思う。もっと簡単に片付くと思っていた。子供の頃の傷は中々癒えなくて、歳をとるごとに誰にも言えなくなってつらい。