• 5iCU/h10月22日
    返信先: @自分 → 更に社会では未だに被害者を責める風潮があり、特に特定の被害以外は大したことがないとされる様を(実際に自分が言われたことがなくても)文字で読んだり、あるいは見聞きすると、心はその影響を受けてしまうものです。そういうところで「こんなことを被害と言っても理解されないかも」や「これくらいで大騒ぎしてると思われたら……」と躊躇してしまう方は実際多いです。性被害でなくても、体がボロボロで助けて欲しくて手を伸ばした時、その手を取るどころか大勢から踏みつけられている場面を見ていたらどうでしょうか。きっと即座に助けを求められる人は少ないのではないかと思います。
    ただ仰る通り、脳の防衛機構が必ず心の防衛機構になりうるかというとそうではないんですよね。どちらかと言うと生命を維持するために機能するものだから、つらい記憶がなかったことになるわけではない。結果体が生き残っても心が被害にあう前の元戻りになるわけではないし→
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  • 5iCU/h10月22日
    返信先: @自分 →他人に話して完全にスッキリして終わりにもならない。性被害の残酷さの一つだと思います。
    性被害がもたらすのは(それがどんな種類のものだろうと)セイ的な範囲のことだけではなく、心身を物扱いする尊厳の否定であり、人生の破壊です。だからこそ泣くのを止められなかったのも、くるしかったのも、自分の尊厳を否定された記憶をあらためて話すのは本当に、自分の人生を否定された記憶を再演するようなものですから、無理もないと思います。
    もう一度書きますが、7Bvow9さんは悪くありません。世間的には「些細」とされてきたことは、加害者から見ての「些細」です。ご自身の嫌だったと思う感情を、どうか信じてください。それは7Bvow9さんに意思がある証拠であり、加害者がセイ暴力という形で物のように扱ったのだとしても、決して消すことのできなかった、ご自身の尊厳です。不当な物ではありません。
    どうか可能ならゆっくりお休みになられてくださいね。