小説書いったー

2022年5月28日に作成 #趣味
420文字以内の小説を書きたい読みたい人向け
・一次創作のみでお願いいたします。
・ジャンルは冒頭か返信部分に書くとわかりやすいですがなくても問題ありません。

※現在、改行を使った420文字小説の場合、文字数オーバーでエラーが出るようです。
お手数をおかけしますが、文字数だけではなく改行も1文字とカウントして420文字以内になるよう調整して頂けると助かります。
このTterはアーカイブのみ閲覧できます
  • 果てしなく続く海の上に立って、空から際限なくこぼれ落ちてくる金平糖を見ている。
    ああ、またこの夢か。金色の金平糖が星のかけらみたいでとても綺麗。

    何度も夢で見るこの透き通るような世界が、この果てしなく広がる宇宙のどこかに本当にあればいいなと思う。
  • 「今日も可愛いね。大好きだよ」
    「うん」
    「愛してる」
    「…うん」
    まただ。
    彼はいつも、毎日欠かさず、気持ち悪くなるほどに熱い愛の言葉を私にぶつけてくる。
    それに対する反応は何が一番正しいのか、私にはわからないから、いつもこうやってなぁなぁで片付ける。
    でも、本当はすごくうれしいんだ。
    私はかっこいい彼を大好きだし、愛してる。おかしくなっちゃいそうなくらい、愛してる。
    勿論そんなこと口が裂けても言えない。少しでも表に出すと、調子に乗りそうだから。
    ああ、今日もかっこいいなあ。やっぱ大好きだなあ。

    (ふふ、)
    彼女のクセがまた出てる。
    僕が愛の言葉を彼女に囁く時、彼女はいつも手をきゅっと軽く握る。それは、僕への愛が止まらないというサイン。
    僕は彼女のことならなんでも知ってる。僕が彼女のことを大好きなのと同じくらい、彼女が僕のことを大好きなのも。

    ああ、今日も可愛いなあ。やっぱ大好きだなあ。
  • …よりなさけなやきやうとんかのそねみ給ふ惡心十六やう申されならされ候母上火のみやざやうとなりこくうにへんまん仕ちのてうぶく有し…

    あ、裕二のお友達?なんやっけ、オカルト部の友達と探検するのが楽しいんじゃて、よう話聞かせてくれましたわ。大阪からわざわざどうもです。あの、気にせんでください。部室で首を括ってとは聞いとりますけど、別にイジメがあったわけやないて話ですから。
    小さい頃の裕二がどんなやったか?そしたら昔あった不思議な話したげよかな。それまでは平気やったのに8歳になった途端、あの子、仏間にある如来像が怖い怖いって夜毎に泣くようになりまして。口が裂けて犬みたいやー叫ぶんです。どうにもならんくて婆ちゃんに相談したんですよ。そしたら、如来像を首だけ出して庭に埋めて、裕二をその前に座らせて、如来様の首を切り落としたんです。そっからぱったりよ。飯もよう食べるくらい元気になってね。

    徳島まで来てもろたのに、変な話してごめんねぇ。ありがとう。
  • 「ねえ、あたしの事だけを見て。あたし以外の女の子に目移りしないで」
    彼女は縋るような切羽詰まった表情で俺に迫る。その柔い唇を震わせて彼女が紡ぐ言葉は、"束縛"という単語では表現し切れない嫉妬と欲望。
    「あたし、きみが側にいないと生きていける気がしないの。きみはあたしの全てなの。あたしの神様なの」
    「うんうん、わかってるよ。心配させてごめんね…。これからはずっと、お前の側にいるから」
    「…うれしい。ありがとう。だいすき」
    そうして彼女は、安堵し切った様子で俺の胸にもたれかかった。その感触がこれ以上ないほど、幸せだった。

    ああ、うれしいなあ。幸せだなあ。
    彼女がこうなるまで長かった。
    好きでもなんでもない女共に毎日媚売るのも、楽じゃないもんな。

    嫉妬にまみれた彼女は、この世に生きるどんな美女よりも、美しくて儚くて、可愛い。
  • 珍妙な形をした地蔵が並んでいた。蝉時雨、田舎道、無職のおれは足を止めた。集落に他人の気配はなく、ヒマワリだけが咲き誇っている。おれは珍妙な形をした地蔵に話しかけた。
    「そんなに珍妙な形をしていると、おまわりさんに捕まっちまうよ」
    地蔵は応えた。
    「私の存在はかくあるべしと命ぜられてからこのかたこの形だ。今どきの官憲などになにか言われる謂れはない」
    おれは納得して、珍妙な形をした地蔵に百円玉を奉じて頭を下げた。地蔵は夏空にますますそり返り、この世のどの仏よりも偉大に思えた。
    おれは日焼けした夏の少女の幻影を見ながら、ありもしない集落の中心に向かって歩みを進めた。ただ、蝉だけが、鳴いていた。
  • 「紫陽花の色は土で決まるんですって」

    彼女は道端の紫陽花を見て言う。
    僕はてっきり種で決まると思っていた。
    曰く土壌が酸性なら青系、アルカリ性なら赤系になるらしい。

    「土に合わせて色が移ろうの。綺麗ね」
    「うん」
    「でも白もあるでしょう?あれは色が変わらないの」

    鮮やかな紫陽花の中にぽつんと白い紫陽花が混じっていた。変わらないものもあるのか。

    「白い紫陽花は色の成分を持ってないの。だから変わらないのね」
    そうなのか。
    それじゃあ変わりたくても変われない。周りについていけない。
    そんなのは寂しいと思う。
    僕がつまらない感想を言うと、彼女は笑った。

    「そうかしら。移ろう美しさもあるけれど、変わらない美しさもあるわ。一本筋が通っているみたいで、私は白の紫陽花が好きよ」

    僕はあまり白の紫陽花に目をとめることはなかったが、彼女の話を聞いて以来意識するようになった。
    色を持たない。
    それもまた個性の1つなのだ。

    無彩色で周りに馴染むのが下手な僕は、白の紫陽花に勇気を貰った。
  •         平成3年 9月7日 

    サーパス天王寺
    ご入居者様各位         


     ■━━━━━━━━━━━━■
       ご入居者様へのお願い
     ■━━━━━━━━━━━━■
     平素より当マンションの運営に
     ご理解、ご協力いただき、まこ
     とにありがとうございます。早
     速ですが、ご入居者の皆様にお
     かれましては、ご存知の通りヨ
     シダが徘徊しております。すで
     にご周知のこととは思いますが
     ヨシダに遭遇した場合、必ず40
     度のお辞儀をし、頭を右に向け
     てください。また、深夜0〜3時
     の間にヨシダに遭遇した場合は
     残念ですが当社では一切対応で
     きません。改めて、ご理解とご
     協力をよろしくお願いいたしま
     す。
     
     
  • 私は家系は代々錬金術を受け継いでいる。

    錬金術の発祥は古く、その歴史は紀元前にまで遡る。しかし一時期は隆盛を極めたものの、時代が変わるにつれ科学が発展し、錬金術は廃れていった。

    しかしそれは表向きの話だ。
    裏では子々孫々、連綿と受け継がれている。
    表沙汰にはなっていないが、戦争や政治に利用されてきた過去もある。
    それは現在も同じかもしれない。 

    かも、なんて何故こんな曖昧な言い方をするかというと、私は錬金術を悪用する連中とは早々に縁を切ったからだ。
    そんなものに使ったって面白くない。

    何より私には夢がある。
    山奥に身を隠し、ひとりで細々と研究を続けて数十年。
    遂に念願が叶おうとしていた。

    「成功だ!遂に完成したぞ!」
    私が錬成したもの。それは美女の身体。
    文字通り、造りもののように美しい女が目の前にいた。
    「後はここに私の魂を移すだけだ」

    そう。
    私は美女になりたかったのだ。

    今年で58歳になる中年男性の私は、今日この時をもって密かに絶世の美女へと転身した。
  • 「本当に信じてくれるの?」「ああ、勿論さ」
    怯えるような少年を安心させる様に柔らかい声でそう伝える。
    『見えないものが見える』なんて誰にも信じてもらえないと、彼は悲しそうに悩みを僕に打ち明けてくれた。自分は嘘つきだと、周りから馬鹿にされて落ち込んでいたのだ。
    「他の人には見えなくても、君には見えているなら…それは君の中ではちゃんとした事実なんだよ」
    「…ありがとう、おじさん」
    そう言った少年の顔は少し柔らかくなり、自分のもそれに釣られて笑みを浮かべながら、彼の頭を優しく撫でた。


    ─────


    別室、モニターを見ている女性と白衣を着た男性。
    「…主人の様子はどうですか?」
    「完全に見えないナニカと会話をしている状態ですね…」
    「やっぱり…」
    悲しげな表情をした女性は、モニターに1人で壁に向かって語り続けている男の姿をただ見つめるだけだった。
  • ジリジリジリ───不愉快な目覚ましの音。けたたましく鳴り響く音が、夢の中でふわふわと溶けていた私の意識を強制的に現実へ連れ戻す。

    私は不承不承に目を開けた。気怠い腕を持ち上げてアラームを消す。
    普段ならあと五分、あと五分と布団で愚図愚図するところだが、今日は気力を振り絞って起きあがった。少し早く家を出なければならないからだ。

    既に1日分の気力を使い果たしたような気分だ。

    カーテンを開けると薄暗い寝室に外の光が入ってくる。空は曇っていた。今にも雨が降りだしそうな灰色の雲。梅雨入りしていたことを思い出す。
    「せめて晴れててよ」
    低気圧のせいだろう、心なしか頭が痛い。

    味わう余裕もなく朝食をとり、顔を洗って身支度をする。
    平日の朝は倍速で時が流れている気がする。

    仕事用の飾り気のない靴を履き、無地のビニール傘を片手に玄関を出る。
    「行ってきます」
    一人暮らしなので返答はない。

    Now loading……厭な現実
    今日の朝にタイトルをつけるならこれだと思った。
  • 「虚像」

    “ぶっちゃけヒロインがワンパターン”
    “とりあえず明るい子好きなのは分かった”
    “ヒロインのキャラ薄くね?”

    自分の小説の感想欄を見ていた僕は、あまりに的確な指摘に思わず感心した。マウスホイールを転がせば、画面上を似たような意見がいくつも流れていく。

    【小説なんか文字ばっかでつまんないと思ってたけど、実はすごいんだね!言葉だけで人を作れるんだもん】

    写真立ての中で笑う少女がくれた言葉は、今でも一字一句正確に思い出せる。彼女が何も言わずに消えたあの日から、僕は言葉だけで人をーー……サクを作り出すため、一心不乱で小説を書き続けた。なのに何度書いても彼女にならないのは、きっとまだ実力不足なせいだろう。

    「そろそろ続き書くか」

    軽く伸びをし、再び画面に向き直る。執筆中の新作では、今度こそ明るくていつも笑っていた彼女を再現するのだ。
    その時、ふと笑顔のサクと目が合った。僕は何かから目を逸らすように、写真立てを伏せた。
  •  一体いつから僕らの悪夢は始まったのだろう。いつからどこから、残酷な運命が真っ黒な線引をして僕らと世界を隔てたのか。
     薄暗い部屋の中、眠ることのない君はじっと月を眺めていた。同じになれなくてごめんねと口の中で呟くと、赤い目がこちらへ向けられた。なんでもないよと微笑んで僕はそっと目を閉じる。悪夢の中で見る夢は案外優しく甘いばかりで、君と一緒にここで暮らしていきたいだなんて、今夜も取り留めのない願いを胸に抱く。
     いつか、どうか。
     悪夢の先で君と笑い合えたなら。もうそれだけで僕らの全てが報われる。そうして僕は、この命を喜び勇んで投げ出すことさえ出来るんだ。
  • ヤッホー、アタシ家電の妖精!家電の妖精は色んな家電と話ができるし、アタシたちが気に入って住んでる家電はとーっても長生きするのよ!
    でもアタシはまだ定住する家電が決まってなくて、放浪の身なのよねー。他の妖精もいなそうだし、今日はこの家の家電に決ーめた。

    …なんなのよ、この家は…
    冷蔵庫には腐りかけの食材!掃除機には満タンのゴミ!テレビはほこりだらけ!これじゃ妖精が来る訳ないじゃない!!家主のじいさんは一人暮らしみたいだけど、ほとんど家事できてないじゃない。

    1つだけ大事にされてそうな家電は電気ポット。ポットが言うには、おばあさんの誕生日におじいさんが買ったプレゼントなんですって。………仕方ないわね、老い先短い命だろうし、じいさんが死ぬまではポットに住んであげるわ!
    まったく人間って仕方ないんだから!
  • 「私、今とーっても幸せだよ」
     そう言う彼女の顔は、今にも泣き出しそうで、悲しそうで、あまりにもみっともなくて。でも、とても美しくて──僕は苦しくなった。
    「幸せ……な、はずなんだよ」
     そして彼女は、僕の胸に顔をうずめた。「なのにね、なんでだろう。涙が止まらないの」
     僕はそんな彼女を抱きしめた。
    「いいよ、泣いて」
     すると、僕の服をぎゅっと掴んで、声を押し殺して彼女は泣いた。
    「ごめんなさい……」
     彼女がなぜ泣いているのか、僕にはわからなかった。ちゃんと大学に通えていて、数人の友達もいて、就職も決まっているというのに、どうして泣く必要があるんだろう。
    「大丈夫だよ」
     そして僕はと言うと、彼女に気休めの言葉を吐き続ける。
    「僕は君の味方だから」
     それが嘘であることくらい、彼女だって気づいているはずだった。だけど、それでも良かった。
     今はただ、彼女のそばにいられるだけで、僕は幸せだった。
  • ちょっとだけホラー。

     見てほしいものがある、と言ってスマホを突きつけられる。見せられたのは、真っ暗な写真だ。だが、よく見ると、服を着た人のような輪郭が見える。どうやら、ほぼ画面いっぱいに人間の胴体が写されているらしい。
     目の前に立つ人の腹をズーム撮影したり、思い切り手を伸ばして近寄れば撮れるだろう。そんな構図だ。
    「なにこれ?」
    「いや、これ私の部屋なんだけど、幽霊出るの幽霊」
     彼女曰く、その幽霊は三日に一度必ず現れるらしい。玄関を開けると、廊下を背に立ち尽くしたままゆらゆらと揺れている。数秒後に──パッ、と消えてしまうのだと。
    「別に不幸になったとかないんだけどさ、嫌じゃない?」
    「それ撮って人に見せるほうがよっぽど嫌じゃない?」
    「いや、でもね、撮る前は毎日だったのが、撮ってから三日に一回になったのよ。カメラって魔除けになるのかも」
    「なにそれ……」
     いるだけだからいいんだけど。というぼやきで怪談は終わった。
  • 見覚えのないはずの写真に、聞き覚えのないはずの歌に、やけに惹かれることがある。それらはこれまで積み上げた私の好みともまた大きく外れていて、私はその度、どうしてだろうと首を捻る。訪れたことのない街並みや、どこにでもある風景。馴染みのない声。知らないメロディ。慣れないそれらとひとつひとつ、丁寧に向き合ってみる。積み上げた記憶の上に透かしてみる。そうすると、ぼやけた輪郭の一部が、わずかに震えて重なる瞬間がある。
    遠い昔。思い出が色褪せるほど遠い過去に、見知った誰かが笑顔で指さした景色。見知った誰かが聴いていた、口ずさんでいた歌だと知る。
  • 「はぁ……素敵」
    私は憧れの人の魂をなぞっている。

    今私によって引かれている線は、私のものではない。自分では絶対に描けない線。それが己の手から創造されることに恍惚とした感覚を覚える。

    趣味で絵を描く私はSNSで”神”に出会った。
    着色も絵柄も全てが私の琴線に触れた。私もあんな絵が描きたい。その一心で今日も懸命にトレスする。
    線の癖を、形を、体で覚える。
    トレスは“神”の魂を己が身に宿す為の儀式だ。

    「少しは近づけたかな」
    近頃は手癖で描いても”神”の癖が再現出来る。同じような絵を描けることが嬉しかった。

    そんなある日、神から個人DMが来た。
    「絵柄、真似しないでもらえますか」

    私の絵はいつしか誰から見ても神の劣化版でしかなくなっていた。
    そこに私の魂はない。

    他人から技術を学び、自分の絵柄と融合させ、個性を残す形での成長を目指すべきだったのに。
    真似ばかりするうちに、私の個性は死んでいた。
    自らの手で殺してしまった。

    行き過ぎた憧憬が私の目を眩ませていた。
  • こんな事ある?
    異世界に飛ばされて勇者やれって言われただけでも意味わかんないのに、旅の仲間の聖女が80歳オーバー。敵から逃げる時は常におんぶ。彼女は耳が遠いから「今から!!魔王城に行きますよ!!」とか大声で言っちゃいけない話も大声。

    そんな半分くらい介護の日々も、魔王を倒したことで終わりを迎えた。聖女は力を使い果たしたのか、彼女の老体が光り輝く。

    「死なないで!」

    「え、なんだって?」

    「最後まで話が通じない!」

    聖女は少し微笑んで目を閉じた。俺の涙がこぼれてしわしわの白い頬に落ちる。すると信じられないことに、聖女は妖艶でナイスバディなお姉さんに変身した。

    「勇者くん…今までありがとう。これからは私が色々教えてあ•げ•る♡」

    「せ、聖女ちゃん…?」

    聖女と勇者は結婚し、勇者は自由奔放な嫁に末永く振り回された。
  •  朝から降り続けていた雨が、夕方になってようやく上がった。
     動きはじめた雲の底が、沈む頃になって顔を出した夕日でほんのりとオレンジ色に染まっていた。ところどころにできた水たまりが光を反射して、帰り道の街はいつもより綺麗に見えた。まるで雨に洗い上げられたようだった。
     雨はそんなに好きじゃないけれど、雨上がりは好きだ。晴れた日とは少し違う明るさとか、しっとりと濡れた空気とか、しんと冷える鼻の中とか、そんなものの全部が愛おしくて、雨のわずらわしささえ忘れる。
     ちかちか光る窓ガラスの群れを眺めながら、僕は自転車を押して歩いた。濡れた落ち葉が自転車のタイヤの下でいつもと違う音を立てているのがなんとなく楽しくて、わざと道のはしっこの落ち葉がたまっているところばかり進む。母親に手を引かれた小さな子供が反対から落ち葉を蹴散らしながらやってきて、すれ違うときに僕を見上げ、数秒固まってから笑った。たぶん、これは、仲間として認められたのだ。
  • 戸口で物音が聞こえた。
    反射的に時計を見ては「もうそんな時間か」と呟くと、私は机の前に胡座をかき、いかにもといった様子で頭を抱えて、その肘を白紙の原稿用紙の上に乗せた。
    仕事終わりの礼子さんは「ただいま」と私を一瞥することもなく言い放ち、冷蔵庫を開ける。
    「……あぁ、おかえり。」
    私は今まさに君のせいで集中が途絶えたのだぞ、と言わんばかりにぶっきらぼうな言い方で返した。そんなことはお構い無しに彼女は聞いてくる。
    「さァて、今日はどこまで進んだのやら。やっと一人目の犠牲者でも出たかしら。」
    「探偵モノはやめたと言っただろう。」
    彼女は私の筆が進んでいないことなぞは承知の上で聞いてくるのだ。私もそれを承知の上で応えるのだ。
    そうして彼女は遅めの夕食を作り始める。
    私はラジオをつけて天気予報に耳を傾ける。

    怠惰と焦燥の鬩ぎ合い、私と礼子さんの駆け引き。
    この何とも所在無い情熱的な日々が、一体いつまで続くのであろうか。

    窓の外からは雨音の他には何も聞こえない。